鍬原拓也、である。

 その名をまじまじと眺めてみる。「鍬」で「原」を「拓(ひら)」く「也(なり)」。私には農具を持った開拓者が、汗水を垂らしながら開墾している光景が浮かんでくる。

――フロンティアスピリッツにあふれた名前ですね。

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 本人にそんな感想を告げたこともある。すると鍬原は驚いたような顔をしてから、「言われてみればそうですね」と笑って、こう続けた。

「でも、生まれたときは『鍬原』じゃなかったので」

 私はその瞬間に血の気が引き、自分の能天気な発言を恥じた。鍬原は幼少期に両親が離婚している。この世に生を受けたときは、別の姓だったのだ。だが、鍬原は無邪気に笑い、「そんなこと考えたこともなかったなぁ」と気にするそぶりも見せなかった。

 話を聞いた当時、鍬原は中央大学の4年生だった。ドラフト会議を約2カ月後に控え、率直に胸の内を明かしてくれた。

「もし社会人に行っても2年後にどうなるかわかりませんし、プロには行けるときに行きたいです。でも、2位までにかかるのかなって。不安しかないです」

 鍬原はドラフト2位以内ならプロに進み、3位以下であれば社会人野球に進む予定だった。だが、2017年10月26日、本人の不安をよそに鍬原はドラフト1位で指名された。それも12球団随一の人気球団・巨人のドラフト1位だった。

 私はドラフト会議場でこの結果を見て、鍬原の念願が叶ったことを祝福するとともに、こんな不安も感じていた。

――2位だったらよかったのに……。

ドラフト1位ルーキーの鍬原拓也

「巨人ドラフト1位」選手にのしかかる重圧

 鍬原の能力は間違いなく高い。しかし、本来の格付けとしては「2位で獲りたかった選手」だったはずだ。大学時代の通算成績は、東都大学リーグで11勝13敗、防御率3.38。好調時は手のつけられないような投球を見せる反面、体調を崩してコンスタントに成績を挙げられない一面もあった。

 結果としては清宮幸太郎(早稲田実→日本ハム)、村上宗隆(九州学院→ヤクルト)と相次いで高校生スラッガーの1位指名が重複し、クジを外した巨人の「外れ外れ1位」。ウェーバー順位6番目の巨人は、「2位では獲れない」と判断した上で鍬原の1位指名に踏み切ったと思われる。

 シーズンが始まってしまえば、メディアは「ドラフト1位ルーキー」と報じ、大多数のファンは「外れ外れ」の部分は記憶からすっぽりと抜け落ちてしまう。当然、相応の活躍が求められることになり、ましてや通算36度のリーグ優勝を誇る巨人のような人気球団ともなればなおさらだ。しばらく結果が出ないと、野球媒体だけでなく、夕刊タブロイド紙や週刊誌からも叩かれる。12球団の中でも、かなり特殊な状況だ。私はこの「巨人のドラフト1位」の重圧を背負ってプロ入りする鍬原に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 1月の新人合同自主トレ初日から右ヒジ痛で別メニュー調整と、いきなり出遅れた。6月14日のソフトバンク戦でプロ初勝利を挙げたものの、今のところ勝ち星はこの1勝のみ。即戦力を期待される大卒のドラフト1位としては、DeNAの東克樹(立命館大)が安定した投球でオールスター戦に出場するほどの活躍を見せたのとは対照的な成績に終わっている。