『はだしのゲン』に吹く逆風

 ところが、その“原風景”を取り除こうという動きが広がっている。被爆地・広島では学校の平和教育の教材に『はだしのゲン』の一部が使われてきたが、2023年から削除された。図書館でも「教育現場にふさわしくない」という理由で撤去されるケースが出ている。

被爆地・広島 ©BS12 トゥエルビ

 漫画の歴史的解釈に問題があると批判する本も出版された。著者が本作で語っている。

「軍部が戦争を始めたというのは誤り。アメリカにはめられて始めた」

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 もう少し早く日本が降伏していれば原爆は防げたはずだという漫画の記述にも、

「降伏させないようにアメリカが引き延ばしたわけですよ。待っている間に原爆の研究ができて、よし落とせと」

 ゲンに逆風が吹いている。アメリカに抗議どころか日本ですら原爆の被害をまともに取り上げない風潮が生まれている。だから『はだしのゲンはまだ怒っている』のだろう。

『はだしのゲン』 ©BS12 トゥエルビ

1945年8月6日午前8時15分、神は死んだ

 込山正徳監督自身が映画の中で語っている。原爆の開発者を描いた映画『オッペンハイマー』で彼の苦悩は描かれていたけれども、広島・長崎で苦しんだ人々の描写はなかった。その苛立ちがこのドキュメンタリー映画を制作する動機になった。だから本作にはゲンの記憶を後世に伝えようとする人たちが次々に登場する。

 講談師の神田香織さん。戦争に翻弄された人々のことを語ろうと決めた30代の頃、『はだしのゲン』を改めて読み返したという。

「ゲンのパワーがすごく感じられて。原爆は悲惨ではあるんですけれども、ゲンが麦のように踏まれて強くなっていく。ひどい目にあっても『何くそ』って立ち向かっていくパワーがすごいなと思って」

講談師の神田香織さん ©BS12 トゥエルビ

 以来40年近く演目として取り上げてきた。

「1945年8月6日、日本時間午前8時15分。ここにすべての時は止まり、太陽はその輝きを失い、万物は呼吸を止め、そして、神は、死んだ」

ゲンは日本人で唯一まっとうに怒っている

 この漫画を世界に広めたいと半世紀近く前に英語版を制作した大嶋賢洋さん。バックパッカーでアメリカを放浪した時、広島・長崎のことがほとんど知られていないことに衝撃を受けた。

「広島・長崎に対して日本人はアメリカにちゃんと抗議をしていない。あれは明らかに国際法違反、人類に対する犯罪ですね。それを一番告発しているのはゲン。日本人で唯一まっとうに怒ってる。それは日本政府として困ったこと」

 大嶋さんと一緒に翻訳にあたったアラン・グリースンさん。

大嶋賢洋さんとアラン・グリースンさん ©BS12 トゥエルビ

「読めば読むほど絶対いい作品。ゲン君の家族みんな(原爆で)家の下敷きになって(火事で)目の前で燃えてしまうという、すごく悲劇的なシーンとか、うまく漫画という媒体を利用してストーリーを語ってる」

各国で翻訳された『はだしのゲン』 ©BS12 トゥエルビ