原爆の惨禍を詳細に描いた『はだしのゲン』に逆風が吹いている。教育現場から撤去されるケースもあり、日本ですら原爆の被害をまともに取り上げない風潮が出始めているのではないか――そんな思いから、『はだしのゲン』に込められた怒りと願いを受け継ごうとする人々に取材したドキュメンタリーが公開中だ。

中沢啓治さんと妻・ミサヨさん ©BS12 トゥエルビ

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『はだしのゲン』の思いを受け継ぐ人々の熱量

「おどりゃ、わしらは人間だぞ。なめるんじゃないぞ」

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 はだしのゲンは怒っている。直接には、広島・長崎に原子爆弾を投下したアメリカに怒っている。でも、それだけにとどまらない。本作を観ていると、ゲンがまだ怒っている理由が浮き彫りになっていく。

『はだしのゲン』は、広島で原爆の被害を受け家族を失った少年ゲンが、戦後の荒廃した世の中を生き抜く姿を描いた漫画だ。作者の中沢啓治さんは6歳の時、広島で被爆した。主人公の中岡ゲンは中沢さん自身がモデルだ。1973年に週刊少年ジャンプで連載が始まり、掲載誌を変えながら全10巻の単行本となっている。実体験に基づき原爆の惨禍をリアルに描きながら、読者をひきつける物語として評価が高く、映画やドラマ、アニメ化もされてきた。

『はだしのゲン』 ©BS12 トゥエルビ

 漫画が訴える原爆への怒りと反戦の願い。その思いを受け継ぐ人々の熱量を描いたのが映画『はだしのゲンはまだ怒っている』だ。冒頭に登場する渡部久仁子さんは、作者の中沢さんが2012年に亡くなる前、その衝撃的な被爆体験を直接聴いたという。

「中沢さんは目で見たものをそのままカメラで撮ったように記憶するカメラ・アイという才能があったそうで、伝える力がすごくある方だというのを実際に何度も会って感じています」

渡部久仁子さん ©BS12 トゥエルビ

焼けただれた皮膚が手の先から垂れ下がって

 中沢さんは被爆時、学校の塀のそばに立っていたため直接熱線を浴びずに済んだ。自宅まで歩いて帰ろうとした途中、目撃した光景が漫画に描かれている。ガラスの破片を全身に浴び血だらけになって歩く女性と子どもたち。焼けただれた皮膚が手の先から垂れ下がっている男性。

「怖い印象を与えてしまうかもしれないんですけど、あえて中沢さんは少年漫画家としてどこまで描くかを悩まれてこのような表現をされた」

 それが原爆についてのイメージにつながっているという。

「私たちの世代(40代)は『はだしのゲン』をみんな読んでいます。自分の中のコアな原風景を作品として残していただいた」