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1993年の荒木大輔の真実と、2018年の原樹理に必要なもの

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/08/25

まさかの大下克上は、原樹理の右腕にかかっている

 ……さて、原樹理である。力業で、唐突に話題を変えるけれども、荒木さんとのやり取りを通じて、僕は原樹理のことを思い出していた。プロ入り以来、ずっと、ずっと、ずっと、ずーーーーーーっと期待されながら、原は結果を残せずにいた。

 去年までピッチングコーチを務めていた伊藤智仁が、彼に過大な期待をしていたことは、この文春野球でも何度も触れてきた。以前、小川淳司監督にインタビューした際にも、「原が一本立ちしてくれれば、ずいぶんラクになるのだけれど……」と口にしていた。

 誰もが、その潜在能力を認めているにもかかわらず、なかなか結果が出ない。絶品のシュートを誇りながら、打者に狙い打ちされてノックアウトを喫してしまう姿は見ていて痛々しかった。端正な顔立ちだからこそ、それが「悲劇のヒーロー感」を増幅させているのも、もどかしくて仕方なかった。

大きな期待を背負いながらも、なかなか結果を出せずにいた原樹理 ©文藝春秋

 僕が子どもの頃、巨人・西本聖、西武・東尾修は右打者の内角をえぐるようなえげつないシュートで打者をのけぞらせていた。ときにはデッドボールになることがあっても、「それがどうした? 避けられるだろ?」といったふてぶてしさでマウンド上から打者をにらみつけていた。西本も、東尾も、実にふてぶてしく野蛮だった。そういえば、伊藤前投手コーチに「若手投手に求めるものは?」と尋ねたことがある。彼は迷いなく、「野蛮さだね」と答えた。

 時代が違う、昔と今とでは野球が変わった。それは事実だろう。けれども、多少の死球には目をつぶって、大胆に懐を突くことも大事だろう。原樹理のポテンシャルに、荒木の投球術、西本や東尾のふてぶてしさ、伊藤智仁の言う野蛮さが加われば、何も怖いものはないはずだ。そんなに何もかも兼ね備えることはできないのかもしれない。けれども、原樹理ならできる。そんな気がしてならないのだ。そう感じさせる才能が、彼にはあるのだ。

 8月16日の対巨人戦、プロ初完封は圧巻の投球内容だった。続く23日の対広島戦は7回途中までで5失点を喫してしまったけれど、中盤までは堂々たるピッチングを続けていた。本当の覚醒の時期は、もうすぐそこまで来ている。今まさに、羽化しようとしている未来のエースを、僕らは目撃している。プロ入り以来、屈辱を養分に育った幼虫が、泥だらけの繭の中でじっと力を溜めてさなぎとなり、ようやく美しい姿で大空に飛び立とうとしている。

 昨年96敗も喫したチームがこんなことを言っては笑われるかもしれない。それでも、あえて僕は言いたい。CS進出のカギを握る男、それは原樹理に他ならない。彼が真に覚醒したとき、CS出場はおろか、日本シリーズ進出、大下克上の日本一だって可能になる。彼の右腕に、今年のヤクルトの命運は託されている。大げさに聞こえるかもしれない。けれども、僕はマジでそう思っているのだ。原樹理の覚醒のとき、飛躍のときはすぐそこに――。

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