1988年、プリンスの衝撃的ジャケットが話題を呼んだアルバム『Lovesexy』。裸で座る姿の奥に潜む神聖性や、「Alphabet St.」に隠された「G」の不在――愛と性、肉体と精神を統合するプリンスの深遠な哲学と問いかけを、二重作拓也氏の著作から紐解く。新刊『死なない魂 心を解放するプリンスの哲学』(星海社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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1988年。プリンスは、アルバム『Lovesexy』を発表しました。そのジャケットを目にした人々の多くが、一瞬、言葉を失いました。そして、ようやく出てきた言葉は――
「な、なんで裸なの……?」
奥には紫の花。手前には、白い花が大きく咲き誇っています。その花の上に、プリンスが全裸で腰かけている。視線は、どこか遠くを見つめているようです。アーティスト名「プリンス」の文字も、アルバムタイトルもどこにも記されていません。
まるで“商品”であることを、全力で拒否しているかのようなジャケットです。プリンス史上はもちろん、現代音楽史でも、もっとも衝撃的で、インパクト絶大なジャケットでした。
このアルバムもまた、プリンスからの問いかけに満ちた作品で、たくさんの「?」が、あちこちに隠されています。
たとえば、《Alphabet St.》という曲。ファンキーで、踊り出したくなるようなビートと、ユーモラスな言葉遊びにあふれたこの曲のラストで、女性の声が流れます。
「ABCDEFH…I Love U」
あれ? Gが、ない。何度聴いても、Gがない。これは、ただのミスでしょうか? 冗談? 気まぐれ? それとも、何かのサイン?
GをGOD(神)のGだと考えてみます。その上でもう一度、あのジャケットを見返してみると――「全裸」に見えたプリンスが、実は胸に小さな十字架を下げていることに気づきます。しかも、彼はその十字架の上に、そっと手を添えています。
それはまるで、プリンスの肉体の中に、神が静かに入っていくようです。まさに、「精神と肉体が交差する瞬間」をとらえた聖なる肖像です。ABCDEFH…I Love U。
Gは、Love の中にある、ということかもしれません。
Gを銃(GUN)のGと読むこともできるでしょう。直前にキャンセルされた『The Black Album』で、拳銃や暴力に傾いたことへの反省、そしてGUNを放棄するというプリンスの決意と読むこともできます。その視点からジャケットを眺めると、もうプリンスは銃、そして十字架以外のものを手放しています。その姿は、懺悔の意の刻印にも感じられます。
プリンスはこのアルバムの前年、プリンス・ファミリーの女性シンガー、ジル・ジョーンズのデビューアルバムをプロデュースしています。ジル・ジョーンズは、プリンスの楽曲や映画、ミュージックビデオにも何度も登場しており、彼の表現世界における重要人物のひとりです。おそらくプリンスと仕事をしてきた人たちの中で、もっとも彼の“無茶ぶり”に、全力で応えてきた献身的な存在でしょう(18歳以上のみなさんは、《Lady Cab Driver》という曲を、「ヘッドホンを着用して」「ひとりでこっそり」聴いてみると、意味がわかるかもしれません)。
プリンスが作詞・作曲・演奏を手がけたジル・ジョーンズの《G-Spot》では、「Gスポット、あなたはどこにいるの?」と歌われます。この文脈から眺めると―ABCDEFH…I Love Uは、「G(Gスポット)が見つからない」ことのメタファーなのです。

