病気で落ち込んだとき、スヌーピーの絵本に励まされた
美緒は読書好きで、文章を書くのが得意だった。病気で学校の文化祭に参加できなかったため、先生に勧められて、クラスメートのために「いちばん大切なもの」と題する演劇台本を書いていた。明美はそのコピーをボランティアの女性に手渡した。
「ボランティアの方は医師から病状を聞こうと待っておられたんです。時間つぶしにしてもらうため、何か読むものがないかと探したら、台本があったんです」
あらすじはこうである。「へんてこ山」の「ほんわか森」にすむ犬やウサギ、スカンクなど動物たちが宝探しの冒険に出る。姿、形、性格の違う彼らはいつももめ事を起こしている。困難を乗り越え、その先で見つけた「大切なもの」は……。
美緒はこれを1日で書きあげた。明美は言う。
「家族、友だち、先生、医師や看護師さんなど、本当に大切なものは身近にあり過ぎて気づかない。それを伝えたかったようです」
数日後に寿子から明美に連絡が入る。
「これを絵本にしたら素晴らしいと思う。それを実現してはどうでしょうか」
美緒は母から、そのアイデアを聞いた。
「そんなすごいことやってくれるの? 是非やってほしい」
絵本作家になるのは美緒の夢だった。ボランティアとの面談で口にしなかったのは、あまりに現実感がなかったためだ。
チャールズ・M・シュルツのスヌーピーシリーズに『チャーリー・ブラウンなぜなんだい? ともだちがおもい病気になったとき』がある。友人のジャニスが白血病で入院したのをきっかけに、みんなが病気について考える絵本だ。
美緒は01年5月、病気の再発で落ち込んだ。そのときこの本に励まされ、「私も人を励ますような本が作ってみたい」と口にしていた。
そして、寿子が病室にやってきた。明美が回想する。
「素敵な笑顔でした。温かい優しさが顔に出ていました。私たちのつらい気持ちも察してくれる。大野さんと話していると、娘がぱっと笑顔になり、一緒にいるときは、幸せそうな顔をしていました」
MAWJの絵本作りが始まった。
尊敬する医師が泣きながら告知した
残念なことに、移植を受けたにもかかわらず、美緒の病気は再々発した。明美はこのとき、「余命は4カ月程度かもしれません」と告げられている。
「再々発を本人に告知したい」と医師から言われ、明美は「やめてほしい」と拒否した。再発した際に美緒は「治ると思ったから、あんなつらい治療もがまんしたのに」と大声で泣いた。またダメだったと伝えるのはあまりにも酷だ。
ただ、医師の考えは違った。言い残したいことがあるかもしれない。後悔しないためにも、本人こそ病状を知るべきだ。明美は「私には無理です。先生から伝えてほしい」と言った。
医師から再々発を聞かされた美緒は大泣きに泣いた。明美は掛ける言葉も見つからず、涙がこぼれた。
泣き通しだった美緒は夜になると突然泣きやみ、こう言った。
「泣いちゃってごめんね。おかあさんも泣かないで。私、もう一度がんばるから」
前向きになったのは、告知した医師の姿が影響している。明美がこう説明する。
「娘の尊敬する先生が泣きながら告知しました。その姿を思いだし、つらいのは自分だけじゃないんだと思ったようです」
絵本の制作は時間との闘いになった。寿子の友人でイラストレーターの金斗鉉が無償で絵を描いた。医師からは「やりたいことは何でもさせてあげてください」と言われた。
寿子と金は病室を訪ねて、「さあ、編集会議をしましょう」と言って、ページごとの絵の置き方を決めていった。体力が衰えているはずの美緒が、編集会議では不思議と精気を取り戻す。
「大野さんと金さんが来ると、うそのように元気になりました。編集会議では次々とアイデアが浮かんできます。ここにへんてこりんな色を塗ろうとか、食虫植物も描こうとか」
こうした作業をしながら、美緒は言った。
「この絵本で病気の人が元気になってくれるかな。病気でなくても落ち込む人はいるから。そういう人にも読んでほしい」
「病気になったのは嫌なことだけど、いいこともあったね。大野さんや金さん、病院の先生や養護(特別支援)学校の先生にも出会えたから」

