清張が推理する4つの根拠
清張は浜野健次が犯行に関与したことを認めたうえで、あくまで単独犯ではなく、複数犯であったとの推理を展開する。
その根拠は主に次のようなものだった。
(1) 警視庁の推理(具体的には捜査を指揮した平塚八兵衛の推理)によれば、犯人は逃走用のカローラなどを付近各所に配置するなど、当日朝の事前工作において合計21分も雨のなか徒歩で移動していることになっているが、その姿を目撃したという証言がないのは不自然。複数犯であれば、徒歩で移動する理由はなくなる。
(2) 犯行に使われた偽装白バイについて、事件当日朝、現場近くの栄町にあった空き地(「第3現場」と呼ばれる)で牛乳配達員の大学生(午前6時ごろ)や、別の男性(午前9時5分ごろ)らに目撃されている。牛乳配達員は「バイクはエンジンがかかったままシートをかぶせられた状態だった」と証言していたものの、同じ空き地を7時5分に訪れた男性は「空き地に駐車していた自分の車を取りに来たが、エンジンの音もしなかったしバイクがあったことには気がつかなかった」と語っている。単独犯説では、逃走用カローラなどの手配のため、第3現場を離れていた犯人がこのときバイクを移動させることは不可能だった。しかし複数犯であれば、そのときバイクを移動できる人物がほかにいたことになり、目撃証言の不自然さも解消される。
(3) 犯行に使用されたバイク、逃走用車両や70点以上の遺留品を精査すると、ほとんどが盗品である。これだけの盗品をたった1人で準備するというのは考えにくい。
(4) 事件前、現場近くの多磨農協に現金を要求したり爆破を予告するなどの脅迫状が送りつけられており、それがやはり事件前に日本信託銀行の支店長あてに送られていた脅迫状と筆跡が一致していた。このことから、多磨農協脅迫事件と3億円事件の実行犯は同一と見られていた。ところが、浜野健次の筆跡と脅迫状の筆跡は異なっており、また多磨農協へ脅迫状が届いた時期に浜野は別件で逮捕され警察に留置されていたこと、また切手に付着していた唾液の血液型はB型で、浜野の血液型はA型であったことなどから、単独犯説を唱える警視庁では浜野の犯人性が否定された。しかし、複数犯と考えれば、つまり浜野以外の人間が脅迫状を送っていたと考えれば、矛盾はない。
すでに述べたように、捜査関係者のなかにも3億円事件は複数犯の犯行だったのではないかと考える者は少なからずいた。清張の推理は、そうした「複数犯説」の心情を最大限にすくいあげたものだったが、ではこの浜野健次のほかにどのような人物が犯行に関与していたのか。
清張は、浜野と親しかった不良少年グループの30歳前後の男、そして浜野が同居していた義兄及びその義兄が勤務する警備会社の社長が「犯人グループ」のメンバーだったと推理している。
