ただし、この「30歳前後の男」「義兄」「義兄が勤務する警備会社の社長」は、実際の捜査線上において符合するような人物はいない。自殺した少年「浜野健次」が同居していたのは両親であり、前述したとおり少年の父は現職の白バイ隊員であった。

写真はイメージ ©shibainu/イメージマート

「単独犯行」を否定した清張の推理

 清張は犯人グループについて、次のように推理している。事実と照らし合わせれば、やや唐突、飛躍した印象も受けるが、「小説」と断っているため許容範囲内ということだろう。

〈わたし(注:報告書の作成者である探偵事務所所長のG・セーヤーズ)は、現在、立川のアメリカ空軍基地の施設が犯人のアジトに使われたのではないかと推測している。ここに立川の非行青少年グループの本拠がある。非行青少年と、基地の不良従業員とは交際しやすい。浜野健次もそういう基地の人間と交際していたのではないか。米軍基地は日本の警察の眼が届かない治外法権的な場所である。これくらい安全なアジトはない。〉

〈調査員(注:探偵事務所のメンバー)の一人は、立川周辺の非行グループに、オートバイ運転のうまい30歳前後の男がいて、健次とはとくに親しかったが、他の仲間とはうちとけてなかった、という情報を持ち帰っている。その男は事件後、姿を消しているが、あるいはかれがその共犯者であったかもしれない。捜査本部の聞き込みには、モンタージュ写真のイメージとは別に、30歳くらいの男がしばしば登場している。単独犯行説はこの30男を強奪犯人と見ているくらいである。〉

〈わたしは、この男が農協、駐在所その他に対して行なった脅迫電話・脅迫状の本人で、B型血液の所有者だと推測する。43年8月22日から12月5日までの約3ヵ月間にわたる脅迫の中断は、その間、この男に何らかの支障が生じたとみる。〉

 浜野健次が「立川グループ」と呼ばれた不良少年グループのメンバーであったことは事実である。しかし、仲間の「30歳の男」の登場はいささか唐突だ。

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 ここで清張が提示したかったのは、共犯者の素性というよりも「米軍基地」という安全なアジトの存在だったのであろう。

松本清張 ©時事通信社

「日本の戦後史の謎に米国・米軍あり」というのは、いわば代表的な清張史観である。「立川グループ犯行説」「米軍関与説」は、清張の作品以前にも存在しており、それ自体は特異なものではないが、日本のあらゆる権力が手を出すことのできない聖域として、GHQやアメリカの情報機関を示唆する手法はここにも見受けられる。

 清張は、犯行日の12月10日午後1時ごろ、阿佐ヶ谷付近の青梅街道で、警察の検問を振り切って逃げた実在のライトバンに注目。現金は浜野健次の義兄の警備会社のなかに運び込まれたと推理する。

 浜野健次と義兄は共犯関係にあったが、犯行の秘密を強固にするため、義兄夫婦が浜野健次を青酸カリで毒殺し、これが「自殺」とされたというのが小説内で描かれた「真相」である。