クマに説教するエピソードはアイヌの逸話にもよく出てくるが、語りかけることで気が立っているクマを落ちつかせる効果があるのかもしれない。

クマを“撃退”したアイテム?

⑥奇抜な方法で助かる

傘が有効だという話は都市伝説的に知られているが、以下はその実際にあったという事例である。

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ある年の秋もやや更けた黄昏時、街道を広尾方面に向かって行く一人の洋服姿の男があった。それはエスという十勝支庁の技手で、公用で広尾に出張する途中であった。折から広尾方向からこの方に向かって一人の旅人がとぼとぼと歩いて来る。ところがその後方二、三町はなれたところにも黒点が二つ、追い迫るように進んでくる。よく見ると、その黒点の一つは大熊で、その後ろの黒点は鉄砲をもって追跡して来るアイヌであった。熊は全身の金毛を逆立て、猛然と矢のように走ってくる。その後ろからアイヌは大声で「熊だあ、逃げろ!」と叫んでいる。この様子を見たエス技手は、びっくり仰天して路傍の柏の大木によじ登ったが、かの旅人は「熊だ」というアイヌの声に驚きふり向くと、すでに熊は背後に迫り、猛然立ち上がってまさに一撃を加えんとしている。しかるに旅人は逃げようともせず泰然自若として、そのまま路上に座してしまった。(中略)エス技手が恐る恐る目をあけて見ると、血に染まって倒れているはずの旅人は相変わらず平然として静座している。しかも肩には悠々と洋傘をひらいてかざしているではないか。(中略)熊はなぜ旅人に一撃をくわえなかったか。その謎はこうであった。旅人がびっくり仰天、腰をぬかして路上に座ると同時に、無意識のうちに肩にかついでいた洋傘がパッと開いて身をかばった。一方の熊は、鼻先に自分より大きな真っ黒なものがニュウッと現れたので、さすがの猛熊も三十六計をきめこんで逃げ出したのであった。(東川村 佐藤楽夫氏談『開拓秘録北海道熊物語』宮北繁 昭和25年)