昭和三〇年六月、(中略)二〇林班曲線車道で自動二輪がすぽっと埋まり、動けなくなって降りて押しても動かず煙草を一服してちょっと横を見ると一〇m位先に頭を下げてこちらを睨んでいる、静かに見ると背中毛を立て段々顔のまわりの毛も逆立てかまえる、これはちょっと相手が悪いので自動二輪のエンヂンをとめて煙草をくわえ横を見ながら腰の山刀を持って最悪を考え構える。エンヂンを止め横を向いたので安心して横の藪に入って行った(後略)(六、実話の一遍 及川公『東山郷土史』)


小樽市信香町に住む松嶋慶章が馬に乗って我が家を出て、奥澤村奥字ガビタイの炭焼場見廻りに行く途中、(中略)馬は何物にか驚いて進まず、ハテなと思い四辺を見廻すと、やがて彼方の藪中より丈四尺あまりの大熊が、ガサガサ笹を分けて出て来たので、同氏も驚くこと大方ならず、さっそくマッチを取り出し煙草をスパスパ喫ひ、臆せずにいたところ、熊は十分間ほどヂロヂロ此方を眺めた末、元の笹藪の中へ逃げ入ったので、同氏は駈け通り、用を済まして帰ったという(『小樽新聞』明治28年8月13日)


幌去村の大西松次郎(六一)という者が、同村右左府原野よりの帰途、(中略)わずか十五六間の所から、がさりがさりと笹の音をさせて熊が道路に姿を現し、そのまま不動の姿勢を取った。(中略)かかる時に急いては事を仕損ずると、生死を天に任せ、そのまま地上に腰をおろしマッチをすって煙草を吹き付ける瞬間、熊はいずれかへ姿を隠した(後略)(『北海タイムス』明治43年11月3日)

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これらのケースを見ていると、遭遇した当初はクマも警戒し、毛を逆立てているが、こちらに害意がないとわかると、次第に落ちつき、静かに去って行くというパターンが多いようである。

「貴様は俺を食うつもりかあ!」

③「気合い」で助かる

次に紹介するのは、クマに立ち向かって撃退した事例である。

士別市で農業を営む武山藤吉(七十四歳)は、自宅から十キロ離れた山林で三十メートルほど先にヒグマを見つけた。五歳くらいで体重は百二十キロほど。開拓に入って以来ヒグマを見たのは二度目で、全身の血がサーッと引いていくのがわかった。ヒグマは頭を左右に振りながら、ゆっくり近づいてきた(筆者註:これはヤバイ個体の行動パターンである)。睨み合いながらジリジリと後ずさりするうち、何かにつまづいて転んでしまった。尻の左側にカッと熱いものが突き刺さり、噛みつかれたのだとわかった。立木を背にした武山は腰に鉈を下げていたことを思い出し、ヒグマの顔面めがけて渾身の力をこめて打ち込むと、手応えがあり、クマの右目下から血が噴き出した。クマは数メートル下がって立ち上がった。毛を逆立てて物凄い形相である。「さあ来い!」三十年竹刀を振るってきた剣道四段のれっぱくの気合いに、さすがのクマも怖じ気づいたのか、背中を向けて笹藪に駆け込んだ。(『読売新聞』昭和45年9月27日)