「その時に改めて気づきを得たのは、引退が決まってからの期間はビジネス的にもゴールデンタイムだということ」――安室奈美恵さんの引退ライブを観たサイバーエージェント社長、改め会長の藤田晋氏。彼がステージに見た“引き際の美学”とは何か。各所で大注目のビジネス書『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』(文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

12月12日付で社長を退き、会長に就任 ©文藝春秋

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千載一遇の特需状態だった

 2017年、安室奈美恵さんが40歳の誕生日の節目に、1年後の9月16日に引退することを発表した。大変な人気者の彼女がもう見られなくなることを皆が認識し、そこからの1年はすごかった。ファイナルツアーのチケットもリリースしたアルバムも飛ぶように売れ、広告契約もグッズ販売も周辺ビジネスに関わる人たちは皆、千載一遇の特需状態だった。

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 当時、ABEMAの立ち上げ期だった我々も、このキラーコンテンツに関わりたいと必死に営業活動を行っていた。私も一度、関係者席を用意してもらってファイナルツアーを観に行ったけど、とんでもない完成度のステージパフォーマンス、観客は溢れんばかりの熱気で、すぐ隣に座っていた安室さんのご子息と思しき大学生くらいの子がその友人から、「お前の母ちゃんすげえな……」と言われていたのが印象的だった。

2018年に引退した人気歌手・安室奈美恵さん ©getty

 表舞台からの去り際に、こんなカッコいい姿を子供に見せられたら、親としてもこの上なく幸せだろう。その時に改めて気づきを得たのは、引退が決まってからの期間はビジネス的にもゴールデンタイムだということ。

 閉店セールみたいな商法という意味ではなく、長く愛されてきたぶん、別れには、ファンにも心の準備が必要だ。安室さんが設定した1年という長さはちょうど適切だった気がする。しかし、この必要不可欠の期間はビジネス的にはとんでもない商機となる。

次期社長候補16名の成長

 この話に自分を重ね合わせるのは恐れ多いんだけど、私が、「次期社長を2026年に誕生させる」「自分は会長に退く」と社内で発表したのは2022年のことだ。まだ現在進行形だけど、それからの日々は私にとってゴールデンタイムとなった。

 まず、単純に普段交流の少ない社員からは有り難がられる。次にいつ社長としての藤田に会えるか分からないと思うのだろう。私の話に頷きながら熱心にメモを取るし、何を言っても信じそうな雰囲気もある。リーダーとしてはこんなに仕事がやりやすいことはない。

 ちなみに社長交代の準備に4年の期間を必要としたのは、長年にわたって創業社長がいて当たり前の風土が染み付いていたからだ。もちろん「来月からお前社長な」と誰かに無鉄砲に引き渡すこともできた。でもそんな無責任なことはできないので、引き継ぎ可能な会社に変えるために、時間をかけて準備することにしたのだ。

 社長の役割を仕分けして要件定義したり、外部機関を通じて候補者たちを客観的に評価、査定したり。社長候補者は16名と多めに指名し、長期にわたる研修を一緒に行った。何より、この期間の16名の候補者たちの成長が目覚ましかった。もっと早くやればよかったと思ったほどだ。

次の記事に続く 「安室奈美恵さんのように最後はカッコよく去りたい」ついに社長を引退⋯サイバー藤田晋会長が後輩たちに伝えたいビジネスの極意「トップがアホだと会社は⋯」

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