なぜ彼女は生まれたばかりの赤ん坊を殺さなければならなかったのか――。平成20年、静岡で起きた衝撃の事件。3度の交際・結婚の末に暴力と貧困で追い詰められ、“誰にも言えない妊娠”を抱え込んだ末の悲劇だった。本稿では、その顛末を追う。なお登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/続きを読む)
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「悪い男」と結婚したばかりに⋯
佐藤由貴(当時31)は男運の悪さで転落していった女だった。
高校中退後、病院の食堂で働き始めた由貴は、そこで小野明という3つ年上の男と知り合い、交際するようになった。若い2人は会うたびに情交を交わし、由貴が18歳のとき、長男を身ごもり、結婚することになった。
しかし、小野は妻子のために働くような男ではなかった。何の仕事をしても、1週間と持たず、シンナーに明け暮れる毎日だった。同居中の小野の両親は息子を叱り、常に由貴に味方したが、21歳のとき、長女を出産しても、小野のそんな生活態度は変わらなかった。
続いて23歳のとき、第3子を妊娠。それでも働こうとしない小野に業を煮やした由貴は、小野が大事にしているトルエンの入った缶を庭にぶちまけた。
「もういい加減にしてよ!」
すると小野は阿修羅のごとく怒り狂い、妊娠中の由貴の腹を何度も蹴り上げ、髪を引っ張って庭中を引きずり回した。由貴は縁石に頭をぶつけて、十数針も縫うケガをした。それを見ていた当時5歳の長男は、涙をポロポロとこぼして慰めた。
「ママ、もう痛い思いをしなくてもいいよ。パパはもうダメだよ…⋯」
これで由貴は離婚を決意。胎児が流産してしまったので、由貴は子宮内の異物を取り除く手術をすることになった。
その病院で知り合ったのが2番目の夫となる川島紀之だった。トラック運転手の川島は、身長180センチというガッチリとした体格。小野からの脅迫電話にも怯えていた由貴は、「誰かに守ってもらいたい。女ひとりでは怖い」との思いから、退院後に川島と連絡を取り合うようになり、自然と男女の仲になった。半年後には妊娠が判明。由貴は長男と長女を連れて、川島のマンションに転がり込んだ。
ところが、川島の正体は小野以上のDV男だった。
