日本のクマに起きた最も大きな変化
このインタビューで私には石名坂に訊きたいことがあった。
端的にいうとそれは、日本のクマに“行動変容”が起きている可能性はあるのか、ということだ。
近年では人里周辺に棲息する「アーバンベア」や、人間を恐れない「人慣れグマ」の存在も知られるようになってきた。このところの人身事故の多さは、単純にクマと人間の接触機会が増えたことに起因する部分は大きいのだろう。
一方で従来は、クマが人を襲うケースは、その大部分が偶発的に人と遭遇したことによる防衛反応であり、とくにクマが人間の生活圏に侵入した場合は、パニックになり攻撃に転じやすいとされてきた。だが近年、それだけでは説明がつきづらいような事案も少なくないように思える。例えば2025年10月に岩手県内で温泉を掃除していた男性が連れ去られて食害されたケースは、パニックというよりは積極的に人を襲っているようにも見える。
その点について石名坂はこう述べた。
「ただ、あの温泉清掃中にクマに連れ去られたケースでは、その1週間ほど前に近辺でキノコ採り中の男性がクマに襲われて死亡する事故が起きていることに注意が必要です。あくまでも最初の人間への攻撃は偶発的・防衛的な攻撃で、そこで食害したら、次からは“人間を狙う”ようになるのだと私は考えています。偶発的な攻撃によって相手(人間)が死亡した後、そのまま立ち去らずに、人肉を食べるという行動へとツキノワグマが移行しやすくなっている可能性はあるかもしれません」
だが、それを“行動変容”と呼ぶかについては懐疑的だ。
「“行動変容”というと、急にクマの生物としての性質が変わったことになりますが、そうではないと思います。むしろ、もともと持っていた性質(肉食動物としての本能)が、何かのきっかけでその個体において発現したということだろうと思います」
その“きっかけ”とは何か。
「ここばかり強調されると困るんですが……」と前置きしながら、石名坂は「クマについて、この20〜30年で大きく変わったことがひとつあります」と指摘した。
「本州のツキノワグマも北海道のヒグマもシカを食べる機会は、20~30年前と比べると確実に増えていると思います。本州の場合、イノシシも含めてですね。それだけシカが増えたということでもありますが、クマが動いている動物を捕まえてその肉を食べるという機会が、シカの交通事故やくくりわな猟の増加のせいで、最近は明らかに増えているんじゃないかな、と思います」
クマは本来、肉食動物である。そして学習能力が高く、環境の変化への適応能力もずば抜けて高い動物でもある。
そのような野生動物がこれまでとは異なる傾向を見せ始めたのであれば、人間の側はこれにどう対応していけばいいのだろうか。「猟友会に丸投げの駆除はもう限界」と語る“クマ撃ち”のハンターや猟友会関係者にも話を聞いた。
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