2025年7月12日未明、北海道渡島管内福島町三岳地区。夜明け前の静寂に包まれた住宅街に助けを求める男性の声が響き渡った。近隣住民の1人はその声で飛び起き、玄関を開けた。すると――。

〈目と鼻の先でクマが馬乗りになって男性(※紙面では実名)を襲っていた。(※住民の)男性は携帯電話で警察に通報しながら叫び声を上げたが、クマは気にするそぶりも見せなかった。しばらくすると、クマはかみついたままの男性を数十メートル引きずって北側の草むらに姿を消したという〉(「北海道新聞」2025年7月13日、註は編集部)

ヒグマ(北海道斜里町) ©時事通信社

 クマに襲われたのは、新聞配達中だった52歳の男性である。通報を受けた警察官らが現場に到着した後もクマは草むらの中にとどまり続け、逃げる素振りさえ見せなかったが、駆除のためにハンターが駆け付けると、ようやくその場を離れた。その後、クマがとどまっていた草むらの中から発見された男性の遺体は、腹部を噛まれるなど全身に傷があり、クマが食害したことは明らかだった。(全3回の2回目/#3に続く

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クマが被害者をひきずった血の痕が

 テレビ局の依頼を受けた「野生動物被害対策クリニック北海道」代表の石名坂豪が現場に入ったのは、その翌日のことである。

 現場には道路を横切るように、被害者をひきずった血の痕が残されていた。

血液なのか、道路上に残された痕跡(石名坂豪氏提供)

 石名坂が現場から受けた第一印象は、“袋小路のような場所だな”というものだった。被害者が襲われたのは、家と家の間の狭い通路で、突き当りの方向の一部にはブロック塀もあった。

「もしかするとクマは生ゴミなどを探して家と家の間を徘徊していたところに、運悪く被害者が鉢合わせてしまったのではないか」

 石名坂がそう考えたのは、実は事故の起きる数日前から周辺では、ゴミステーション(ゴミ置き場)やコンポストなどが荒らされる被害が起きており、クマの目撃情報も相次いでいたからだ。

「羅臼町でも何度となく経験したことですが、一度、人里で生ゴミなどを漁ったクマは、これに強く執着するようになります。警戒心が強い、いわゆる“人慣れ”していない個体であっても、人目の少ない夜から明け方にかけて、生ゴミを求めて家と家の間を歩き回るようになってしまうんです」

 実際に12日の事故以降も現場周辺では加害グマと思われる目撃情報が寄せられていたが、18日になってハンターによって1頭のヒグマが駆除された。体重218kg、体長約2m、推定年齢8~9歳の雄のクマだった。駆除された場所は、最初にゴミステーションが荒らされた現場近くの住宅街である。