大学時代に一流企業や有名ベンチャーから内定を得るも、みずから安定を捨てた――。名門私立の上智大学を卒業し、職業「アイドル」の道を選んだPinkySpiceの美波海音さん(24)。「何者かになれるのか」と自分を試そうとした彼女には、心配する母の反対も押し切るほどの強い意思があった。(全2回の1回目/2回目に続く)
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「しっかりした教育を受けさせてあげたい」母親の教育方針
――美波さんは、15年間にわたって大学附属の女子校に通っていたそうですね。
美波海音(以下、美波) 幼稚園受験に合格して、女子大附属の学園に高校生まで通っていたんです。古くからの伝統あるところで、進学校というほどではなかったんですけど、校風は厳しかったです。
――その話を聞くと“お嬢様”のようなイメージもありますが、家庭環境は裕福だったんでしょうか?
美波 いえ、裕福ではなかったし、親が自営業なので経済的に安定しない時期もありました。でも、母がよく「お金は消えてしまうけど、経験は自分に残る」と言っていたんです。
母も若い頃は苦労して、奨学金を借りて大学に通っていたと聞きましたし、裕福でなくとも「しっかりした教育を受けさせてあげたい」という思いが強かったみたいで。私がやりたいことを止めなかったし、中学時代や高校時代に留学も経験しました。
日本語・英語・中国語のマルチリンガル
――日本語・英語・中国語のマルチリンガルとも明かしています。日本語以外の言語は、留学で身につけたのですか?
美波 そもそも、通っていた学園が英語教育に熱心で、幼稚園時代からALT(外国語指導助手)の先生がいる環境だったんです。希望者がALTの先生と会話できる時間もあったので、私も希望して、当時から英語を勉強していました。
留学はもっとあと、中学時代に学校のプログラムでボストンに3週間ほど行って、高校時代にはアメリカのサンディエゴやニュージャージーにも行きました。
――中国語は、どのように習得されたんでしょう?
美波 授業と独学の半々です。高校時代に中国語の選択授業があって、興味があったので受けてみたら面白かったんです。そこから、自分でも勉強するようになって、聞き取れるようになりました。英語ほど流暢ではないんですけど、日常会話ならできます。

