「いつか私の声が届く日が来るだろう、頑張ってくれるだろう、そんな期待もありました。それが何度も何度も裏切られて、辛くて……、悲しくて……、苦しくて……、こんな事件を起こしてしまいました」
周囲から「真面目で気配りのできる女性」と評判だった華奢な女性はなぜかつて愛した男を殺害したのか? 平成30年・東京で起きた事件をお届け。なお登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/続きを読む)
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元恋人を殺害した22歳女性
殺人犯として逮捕された石田智子(当時22)は、最愛だった元カレの市村隼人(同22)の横で手首を切って倒れていた。
2人とも病院に運ばれたが、市村は頸部刺切創により死亡。意識を取り戻した智子の口からは、市村を殺すことになった5年間にわたる愛憎の軌跡が語られた。
「彼と知り合ったのは高校時代でした。卒業後も交際は続き、私は短大卒業後、飲食業の会社に栄養士として入社し、彼は調理師専門学校時代からアルバイトをしていたイタリア料理店に就職しました」
対照的だった2人
智子はおよそ殺人犯とは似つかわしくない「真面目で気配りのできる女性」と評判だった。片や市村は、なぜ智子と付き合っているのか不思議なほどの自堕落な男だった。
正社員として採用されたイタリア料理店も1年ほどで辞めてしまった。
その後、定職に就く様子もなく、見かねた智子が自分の会社を紹介した。智子の紹介だったので、即時採用となり、勤務するために実家から離れ、アパートを借りることになった。
その費用も智子が出し、生活費を支援するために智子も一緒に住むことになった。まるで新婚気分の2人は、蜜月の甘い生活を送っていた。
だが、一緒に住んでみて初めて分かったこともあった。市村宛てに消費者金融から大量の督促状や裁判所からの訴状が届いたのだ。市村は「そのうち返す」と言いながら、何もしない。そこで智子が市村に代わって返済することにした。
それでも市村が働き始めたら何とかなるだろうと思っていたが、市村は智子が紹介した会社を1週間で辞めてしまった。朝は普通に出て行くのに、無断欠勤していたのだ。智子はそのことを上司からの連絡で初めて知った。
「アンタ、どういうつもりなのよ。私が会社に合わせる顔がないじゃない!」
「もっと料理の腕が振るいたかったのに、掃除とか皿洗いとか、雑用ばかりさせるんだ……」
結局、会社から内容証明郵便が届き、正式に解雇された。
「50万円返します」と誓約書を書いたが⋯
その後、市村は宅配寿司やハンバーガーショップで働いたが、いずれも長続きしなかった。市村は智子に依存し、智子が家賃、光熱費、食費をすべて支払っていた。金のことでケンカすることも多くなり、だんだん智子は精神的に不安定になっていった。逮捕後に智子は次のような話を打ち明けた。
「ちゃんと仕事してほしかったし、お金も返してほしかったけど、彼がまったく取り合ってくれなくて、私がこれだけ追い詰められているということを分かってもらうために、トイレでリストカットしたこともありました」
そんなことが続くと、さすがに市村もまずいと思ったのか、《月2万円ずつ計50万円返します》という誓約書を書いた。智子は市村との付き合いに悩み、精神科に通うようになった。
