映画に表現された歌舞伎界のディテール
映画の中には、歌舞伎の家に育っていないと分からないディテールがいくつかある。
「一度髪を結うと毎日は洗わなかったりするんです。髪を結ってから何日か経つと、油が馴染んでパサつきがなくなり、艶が出てきます。だから家の中で着ているのは、頭からかぶるものじゃなくて、前開きのブラウスだったりする。衣装さんやメイクさんとそんな話をしながら幸子を作り上げました。あと、劇場には御贔屓の方に直接切符をお渡しする机がありますけど、その机に置いてあるチラシは、当月のものではなく来月以降のものだとか。自分が気づいた点を(李相日)監督に提案させていただきました」
劇中、楚々とした佇まいで劇場のロビーで応対する幸子は、実際の歌舞伎座にいそうな「おかみさん」に見える。その役づくりの参考にしたわけではなくとも、女優であり、歌舞伎役者の妻である実母・富司純子の姿を寺島はずっと見てきた。
「母が女優だったことを、実感する機会はあまり多くはなかったと思います。そういう“生き様”みたいなものを、あえて見せない人だったから。おそらく、女優として満開の花を咲かせてから潔く散って、その後は父に仕え、子どもふたりを育てた。私からすると、母親業に専念していて、すごくパワフルな母親というイメージしかない。たくさんの人に愛情を注げる人ですよ」
歌舞伎役者の父に仕えるという母の生き方に、大いなるリスペクトを払っている。
「歌舞伎座では演者として父が表舞台に立っていますけど、裏を取り仕切っているのは奥さんなんです。歌舞伎の家庭って共働きですから」
この声を聞くと、『国宝』で気になるのは女性の描かれ方だ。寺島しのぶが演じる幸子と高畑充希演じる福田春江は最後まで登場するものの、見上愛が演じた芸妓・藤駒、森七菜が演じた主人公・立花喜久雄の妻となる彰子は、物語の途中でフェイドアウトしてしまう。彼女たちはどうなってしまったのか……。
「それは仕方がないですよ。原作をそのまま映画にしたら12時間くらいになっちゃう(笑)。台本の時点でかなり削がれていたし、原作とは違って、映画は主人公の喜久雄にフォーカスしたわけですから。製作陣が意図していたかどうかは別として、結果的に歌舞伎界を表現していたんじゃないかと思ったりもします」
