評価が分かれるからこそ面白い歌舞伎の再現

 今回、立花喜久雄役を演じた吉沢亮と大垣俊介役を演じた横浜流星のふたりは、歌舞伎を自らの演技で再現することに果敢に挑んだ。多くの高い評価を受けているが、歌舞伎界では評価が分かれているという。

「歌舞伎界からは『よくがんばった』という声もあれば、その反対の声も聞こえてきます。たしかに歌舞伎の世界は甘くはない。物心ついた時から着物を身につけ、家の中には歌舞伎のビデオがあって、台詞が飛び交っていたりする。好むと好まざるとにかかわらず、舞台に上がるための環境が整っていて、そこで何十年と稽古を重ねる。でも、映画のためにいきなり『道成寺』を覚えて踊るのはなかなか酷な話で、ふたりの頑張りは本当にすさまじかったし、その執念がお客様にも伝わったんだと思います」

 

 寺島は子どものころ、歌舞伎役者になることを夢見ていたが、その道は女性であるがゆえ存在しなかった。因習、血が意味するところを彼女は身をもって知っている。

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「歌舞伎の世界は伝承を守らなければならない責務もあるし、ルールがたくさんあって、窮屈は窮屈だと思う。弟(八代目尾上菊五郎)にはやるべきことがたくさんあって、昔はそれを羨ましいと思ってた。でも、私にとっての“自由”とは何もしていないこと、家族のひとりとして役目を果たしていないことじゃないかと思ったりもしていました」

 自由で、やりたいことを何でもできるのに、常に歌舞伎の世界に引き戻される。

「2017年、私が六本木歌舞伎の『座頭市』の舞台に出演した時に、踊らなければいけない場面がありました。自分でも(若い頃に)やめないで稽古を続けておけばよかったと思っていたら、母に『菊五郎の娘なんだから、もっと踊れるでしょ!』って一喝されて。母は、どういうわけか私に厳しい。私からすれば、歌舞伎役者じゃないんだから仕方がないと思いつつも、母の言葉はいちいち心に刺さります」

 今年の師走は、歌舞伎座の舞台に立つ。落語を基にした「芝浜革財布」で、飲んだくれの魚屋の政五郎の賢妻、おたつを演じる。

「2年前の舞台の初日、花道から出ていって『音羽屋』と大向うがかかった時、緊張がほぐれたことをよく覚えています。今回、(中村)獅童くんはじめ共演者の方々と稽古を重ねて楽しく過ごしていると、舞台で表現することって自分の中では大切なものなんだとあらためて思います」

 血と芸。寺島しのぶはその運命を受け入れ、女優として生きる。

鈴木七絵=写真
河部菜津子=スタイリング
持丸あかね=ヘアメイク

てらじま・しのぶ 1972年生まれ、東京都出身。父は七代目尾上菊五郎、母は富司純子と歌舞伎の家系に生まれ、大学在学中に文学座に入団。舞台やテレビドラマを経て2001年に『シベリア超特急2』で映画デビュー。その後『赤目四十八瀧心中未遂』(03年)や『ヴァイブレータ』(03年)、『キャタピラー』(10年)などで意欲的な役柄を演じ話題に。他にも多くの映画や舞台で活動しつつ、歌舞伎にも出演。12月26日まで上演される「十二月大歌舞伎」では、「芝浜革財布」で政五郎の女房おたつを演じる。

『国宝』

吉田修一の同名小説を李相日監督が映画化。任侠の一門に生まれながら歌舞伎の世界に飛び込み、血筋に抗いつつ運命に翻弄される男が、「国宝」に上り詰めるまでの激動の人生を描く。主人公・喜久雄を吉沢亮、その生涯のライバルとなる俊介を横浜流星が演じ、渡辺謙、寺島しのぶ、田中泯らが共演に名を連ねる。

 

STAFF & CAST

監督:李相日/出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、永瀬正敏、中村鴈治郎、田中泯、渡辺謙/原作:吉田修一『国宝』(朝日文庫・朝日新聞出版)/2025年/日本/175分/配給:東宝/©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

次の記事に続く 「なんだか、自分が踊っている気になっちゃうんです」寺島しのぶが13歳の長男・尾上眞秀の舞台を見守りながら胸に抱いた“特別な思い”