果ては慰安婦まで持ち出して……
元の読売新聞の記事では、東京医科大関係者が女子減点を「いわば必要悪」と述べたことや、女性医師が結婚や出産で離職すれば、東京医科大の系列病院の医師が不足する恐れがあることが背景にあったと報じられている。蔡先生はそれらに触れたうえでこう書く。
<これはそんなに崇高な理由があってのことなのでしょうか。いや、典型的なショービニズムによる妨害に過ぎません>
ショービニズムとは排外的な愛国主義のことだが、ここでは偏狭な男性中心主義を指しているのだろう(もしくは東京医科大の組織防衛を社会倫理に優先させている考え方を指しているのかもしれないが)。
<なるほど、日本が大戦中に軍人の心理状態をおだやかにすることを理由に、アジアの各国で慰安婦を徴用したり、敗戦後の米軍占領期に日本政府が各地にRAA(特殊慰安協会)を設立して米軍兵士の性欲を満足させ、日本の大和民族の血統の純血性を守ろうとしたのも納得がいくところです。(略)戦時中にこのようだったのにとどまらず、(日本の女性に対する姿勢は)戦後も変わることはありませんでした>
その後、蔡先生は高度成長期に女性が家庭に入ることが当然視されてきたことや、その後も女性の収入が低く抑えられていること、企業幹部に女性がほとんどいないことなど様々な事例を挙げていく。
コラムの最後は、東京医科大の女子への点数調整が「暗黙の了解」とされていたことを指摘したうえで、「ここからもわかるように、日本における男女平等への道のりはまだまだ長いようなのです」と結ぶ。
台湾でも山地原住民の人身売買があったが
正直、蔡先生のコラムは論理としては乱暴であり、現在の問題を批判するのに過去の事例を持ち出すのも考えものだと思う。例えば70年前の慰安婦問題を日本の男女差別の根拠として言及するなら、台湾だって25年ほど前までそういうことがあったじゃないか(1990年代まで、中国大陸との最前線に展開する中華民国軍の駐屯地には「軍中楽園」と呼ばれる半公営の慰安所があった)と言いたくもなる。
1990年代までの台湾は、マフィアが山地原住民の女性を都市部の性産業へ人身売買する仕組みをはじめ多くの性搾取構造が存在し、また独裁時代の国民党政権までは女性の政治登用も決して多くはなく、かつては男女平等とは程遠い社会であった。とはいえ、現在ではこうした意見がけっこう力を持ってしまうくらい、男女平等についてはリベラルな価値観が広がっている。
「昭和の遺産」を中華圏からもバカにされる日
台湾ほどではなくても、香港やシンガポールなど他の中華圏の先進地域はもちろん、中国国内でも都市部を中心にこうした傾向はやはり存在する(中国は政治体制以外の部分は結構リベラルだ)。ゆえに今回の東京医科大の事件は中国大陸でも報じられているほか、事件以前の話だが、今年6月26日には『人民日報』に「日本が男女の平等を実現する道はまだ遠い」と題した記事が掲載されたこともある。
医療の世界の保守性に限らず、小中学校へのクーラーの不設置や炎天下での部活動の強要、通勤地獄や女性の社会進出を阻む原因となっている硬直的な労働環境など、日本には昭和の時代までは当然視されてきた非合理的な習慣が現在までナアナアで残っている例が少なくない。
日本人自身はなんとなく現状に納得している人も多いため、まあ別にいいのかもしれない。ただ、この手の「昭和の遺産」は欧米圏からはもちろんのこと、近ごろは中華圏の諸国からも奇異の目で見られるようになりつつあることは指摘しておいていいだろう。