福島氏は問診などから、Bは〈性的サディズムの性癖はない〉と評価しながらも、〈対象関係レベルの異性像は、愛着の対象であると同時に不信の対象でもあるという「両価的」な感情があった。依存し愛したい気持ちと、信じるに足りない者として嫉妬したり、相手の人間性を切り捨てたりした〉と分析する。精神医学として以下のようにBを診断した。

〈幼少時から人の顔色を見る、表裏のある子供だったが、暴力でほかの子供を従え、自己中心的に自己の存在を主張する傾向もあった。しかし、父親に愛情を求めたり母親に甘えたり受容を求めたりする欲求が強いにもかかわらず、それが満たされなかったために心の深い層で傷ついており、それらの愛情欲求や自尊感情を自ら断念し、衝動性をもっぱら抑圧・分裂・疎隔化のメカニズムを採用して神経症的性格構造を形成したと思われる。かなり屈折した精神状態にあるといってよい〉

X子さんが死んだことを知ったときどう思ったのかという質問に…

 X子さんが死んだことを知ったときどう思ったのかという質問に、Bは次のように答えた。

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〈まず始めに考えたのは自分のこと。「やっちゃった」という気持ち。骨折した時にやっちゃったという気持ちと同じ。これからどうしようか? というよりは、自分のこれからのことを考えて「もう、終わりだな」「一生消えない」という感じ〉

〈友人にも硬派と軟派とがあるが、「もう軟派は出来ないな」「ヤクザの方にしか生きて行けないな」という気持ちだった。人を殺しちゃったから、と〉

 被害者が死んだことにほとんど感情を動かさず自分のことばかり考えているBに対して、福島氏は〈一見すると殺人者となったことに自己憐びんの感情を持ったようにも聞こえるが、他面では「否定的自己像」を明確に確立して安心した気分も窺える〉として、Bの暴力性を以下のように考察した。

〈少年Bは、退学後に母親に対する行動を『家庭内暴力』として通報されてから『母に見放された』と思って、彼女に攻撃性を発動することをやめた。『甘えと攻撃』のチャンネルを断念したのである。そこで抑圧された攻撃性・暴力への衝動は、恐喝の反復などとして、小出しにされてはいたが、多くの部分がうつ積していたものと解釈される。

 本件一連の犯行で被害者に対しては、初め恋愛感情・信頼感・理想化をしていた対象が不信と怒りとおとしめの対象になるという意味で、母親に対するのとやや似ている。したがって母親に対する屈折した感情が被害者に転移され、それゆえ激烈で容赦のない攻撃となったものとも思われる〉

 裁判所に提出された福島氏の鑑定結果は当然、Bの母親もおおよそ知っているはず。息子の暴力性についてどのように思っているのか、親としての認識を聞いた。