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なぜ死者をゼロにすることが出来ないのか

 福島に住む上野さんは震災後、日本各地で自分の経験を語ってきた。最も強く訴えてきたのは、命を守ることの大切さだ。

 「あの震災で誰が亡くなったとか、どんな被害があったとかは、忘れてくれてもいいんです。悲しむのは僕たち遺族の役目なので。でも、絶対に教訓にだけはして欲しいんです。次に何か災害があった時に、死者がゼロっていうのが僕らにとっては一番嬉しいことなので」

 上野さんの訴えも虚しく、今回の豪雨被害でも200人以上の命が失われてしまった。

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 震災のあった2011年には、日本全国で防災への意識が高まっていた。防災に関する報道が増え、防災グッズも売れ行きを伸ばした。もし今回の豪雨があの年に起きていたら、被害はもっと小さく済んでいたのではないか――。上野さんはそんな思いが拭えないという。

“命を守る”意識を

 3月11日。あの日の強い揺れの直後、上野さんは職場から自宅へ向かい、家族の無事を確認した。「津波が来るから避難する」と言う母親の言葉に安堵し、避難所へ送り届けることもなく自分の仕事に戻った。その後、家族は避難所から一旦自宅へ戻ったところで津波にのまれた。

 そこまで大きな津波は来ないだろう、家族は避難しているだろう、自分の家族に限って被害を受けることはないだろう――。いくつもの思い込みが、悲劇を招いた。

 「子供を守るのが親の一番の仕事。それができなかった自分は、最低の親」。この7 年間、そう語りながら、あの日の自分の行動を悔やみ続けている。

 「命を守るってことを、もっと真剣に考えて欲しいんです。自分の子供の遺体を抱いて遺体安置所に運ぶような思いは、もう誰にもして欲しくないんです」

 今回の豪雨被害を生き延びた宮井さんは、「命がある、家族がいるってことがどれだけ幸せか、今回それがよく分かったよ」と、目に涙を滲ませる。

 大きな災害の報道を目にして、心を痛める人は多いだろう。だが、それを「悲劇の物語」として消費してしまってはいけない。悲しむのなら、教訓に。それが過去の災害で亡くなった人々に報いる一番の方法だろう。いざという時、自分と家族の命をどう守るのか。そのための具体的な備えを、今、実践して頂きたい。

 私の著書には、上野さんをはじめ、福島の方々の経験や想いを存分に綴った。これからもやってくるだろう災害に向け、微力でも教訓になればと願ってやまない。

 まもなく台風の季節。上野さんは言う。「『まさか』なんて言葉、もう二度と聞きたくない」

上野さんの自宅祭壇には、長女・永吏可ちゃんと長男・倖太郎君の遺影が置かれている。

(了)

捜す人 津波と原発事故に襲われた浜辺で

廣瀬 正樹(著)

文藝春秋
2018年8月9日 発売

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