井上:僕はたくさん読んでて……一人の清張賞ファンとして、『白鷺立つ』が清張賞の中でどういう立ち位置なのかちょっと言っていいですか? 松本清張賞って一時期は歴史時代小説の登竜門みたいに扱われていたぐらい、歴史時代小説が多かったんですが、でもそれはたとえば青山さんの『白樫の木の下で』や葉室麟さんの『銀漢の賦』みたいな江戸時代の武家の小説とかなんです。お坊さんがこの荒行に挑むぞって話は賞の流れを考えても異色な作品です(笑)。
ピストジャム:『イッツ・ダ・ボム』と『白鷺立つ』、全然設定違うんですけど、僕の中で共通点が3つあって。1つは、自己顕示欲と承認欲求をどう表現するかという物語と読めるところ。2つ目が師弟関係を描いているところ。『イッツ・ダ・ボム』はテールとヘッドというグラフィティライターの師弟、『白鷺立つ』は恃照と戒閻という僧侶の師弟ですね。で、3つ目が、僕、1978年の9月10日生まれなんですけど、2作とも9月10日に出版されているんです!
会場:(笑)。
井上:ピストジャムさんのご指摘、なるほどと思う一方で、僕は『イッツ・ダ・ボム』と『白鷺立つ』は“真逆”だなっていう感覚があります。『白鷺立つ』は聖なるもの、宗教上の修行を、非常に俗な人間の感情まで落として描いています。逆に『イッツ・ダ・ボム』の場合は、グラフィティアートっていう俗っぽい、「ただの落書き」とされてしまうものを、社会と自分自身の間でどう高めていくか、どういう位置に置くかという登場人物の葛藤を描いています。これは俗なるものを聖なるものに近づけていくみたいな話だと思っていて、そういう意味で真逆だなと思っていました。だから、自分の次の受賞作がこういう作品っていうのがすごくうれしかったです。
ピストジャム:住田さんは『イッツ・ダ・ボム』、どうでしたか?
住田:いや、本当に面白かったですね。後輩のライターが、軽犯罪をやっていく中でもコンプライアンスを意識しながらやる、っていうのがとっても令和的というか、現代的で。そういう視点があるのかと思って、とても面白かったです。
会社員をしながら書き続けた
ピストジャム:ちなみに賞金500万円っていうのは何か買われました?
井上:えっとですね、ずっと川崎市のアパートに住んでいたんですけれども、今年の夏に引っ越しをしました。引っ越すにあたって、本当にアホみたいに家に本がたくさんあるので、床が抜けないか、棚が壊れないかすごい怖かったのを解消するために、いい家を借りるのと、いい本棚を買うのに使いました。
ピストジャム:ほお、いいですね。住田さんは?
住田:貯金してます。
ピストジャム:うわ、すごい。
住田:もうこの後何があるか分からないので。これからも使うつもりもないです。
ピストジャム:素晴らしい。なんかお二人の違いも面白いですね。お二人とも会社員だと聞いてるんですけど、どうやって執筆の時間を捻出してるんですか?
井上:平日も書いてるんですけど、やっぱり集中して一気に書けるのは土日ですね。平日は出勤してる最中とかにスマホで直したりみたいな感じです。
ピストジャム:住田さんは?
住田:休みの日ですね。
ピストジャム:デビュー前の執筆って、誰にも読まれない可能性があるわけじゃないですか。それでも自分の貴重な休日を使って取り組むっていうのは、めちゃくちゃ尊い行為やなと思ってるんですよ。その熱量というか情熱っていうのはどこから来るのかなって。
住田:でも、M-1もそうじゃないですか?
ピストジャム:そうです、本当にそうです。やっぱり何かしらのパッションとか、表現したいという気持ちがないと、休みの日の時間を使って小説を日々書いていくっていう生活ってできないと思うんですよ。
井上:特に長編とかだと、生活の一部っていうつもりで書いてないと続かないですね。
ピストジャム:住田さんは『白鷺立つ』の前に書かれてた作品とかは、世の中にまだ出てない状態ですよね。
住田:全然出てないですね。
ピストジャム:ずっと書き続けてきたのは、どういう気持ちで?
住田:いつかブレイクスルーする作品ができたらいいなと思いながらですね。そしてブレイクスルーするためには書き続けるしかないので。
ピストジャム:うわ、めちゃくちゃかっこいいな。最後に、次回作のご予定をお聞かせください!
井上:来年のなるべく早いうちに、KADOKAWAさんから町田を舞台にした、『池袋ウエストゲートパーク』×ジョン・アーヴィング&J・Dサリンジャー、みたいなイメージの青春犯罪小説を出す予定です。
住田:どの作品が第2作になるのかはいま編集の方と相談中なんですけれども、興味があることとしては、キリスト教の聖遺物ですね。聖人の着ていた服の一部であるとか、殉教者が磔にされた際の十字架の切れ端であるとか。そういったものが、どういう風にして人々に聖遺物として受け入れられていくんだろうかっていうところに興味があって。それをテーマにした作品が書けたらいいなと。あとは、明智光秀が好きなので、彼が話の全編を通してずっと困り果てているっていうのも書いています。多分どっちかになるんじゃないかなと思っています。
井上先斗(いのうえ・さきと)
1994年愛知県生まれ。東京都在住。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年『イッツ・ダ・ボム』で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。2025年第2長編『バッドフレンド・ライク・ミー』を発表。漫画誌「ヤングキングアワーズ」2026年2月号より、トジツキハジメさんによる『イッツ・ダ・ボム』のコミカライズが連載開始予定。
住田祐(すみだ・さち)
1983年兵庫県生まれ。2025年『白鷺立つ』で第32回松本清張賞を受賞しデビュー。本作で第174回直木賞の候補に。
ピストジャム
本名、野寛志。1978年9月10日生まれ。京都府木津川市出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後、こがけんを誘って吉本興業の養成所へ入所(東京NSC7期生)。2002年4月にデビューし、「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビを経て、ピン芸人に。アイドルのラジオ番組MCなどでも活躍。かまぼこ板アート芸人。2022年『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』を発売。

