稀代の陰陽師・安倍晴明が、親友の源博雅と難事件の数々に挑む——。

 多くの読者から愛され続け、シリーズ累計部数700万部を突破した「陰陽師」。

 2026年、ついにシリーズ40周年を迎えました。

 40周年を記念して、夢枕獏さんに改めて「陰陽師」の歩みについて伺いました。(1回目/全2回)

夢枕獏さん ©文藝春秋

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バイオレンスとエロスの時代に始まった「陰陽師」

——「陰陽師」が最初に「オール讀物」で発表されたのは1986年で、今年は「陰陽師」の40周年イヤーにあたります。「陰陽師」の執筆を始められた経緯をお聞かせください。

 40年というと、僕が35歳ぐらいの時ですね。僕はその頃、バイオレンスとエロスと伝奇小説の真っ只中にいて、喧嘩が大好きな主人公と格闘が必ず僕の作品に入っていたんです。具体的な作品名を出すと、『魔獣狩り』や『キマイラ』などですね。

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 最初に祥伝社から注文をいただいた時に「獏さん、ベッドシーンを必ず入れてくださいね」と言われたんです(笑)。当時の僕にとっては思いもよらない話でした。いったい何枚くらい入れればいいんですか、と訊ねたら、連載50枚のうち毎回10枚から15枚くらい色っぽいシーンをと。それがよかったかどうかは、わかりませんが、その伝奇小説が結構売れちゃったんです。

 すると、今度はある出版社の名物編集者がやってきて、「獏さん、書き殴りでいいから2週間で1冊書いてください」と言われたんです。中国拳法の強い奴が敵をガンガンやっつける話を2週間で、と言われましたが、その時はめちゃくちゃに忙しくて……。

©文藝春秋

 基本的には「いつでもどこでも誰とでも戦う」というアントニオ猪木の言葉を座右の銘にして、どの出版社の注文も受けると言っていたんですが、このときだけはお断りしました。さすがに先行している作品を捨てて書くわけにはいかなかったんです。

 当時は、初刷が10万部くらいで、発売1週間前くらいにどこかの書店で試験的に並べると、1日でなくなって発売前に増刷が決まるような時代でした。「このままだと『2週間で書いてくれ』という仕事しか来なくなる。これはやばいぞ」と思った結果、前からやりたかった、安倍晴明の話や宮沢賢治の話を始めたんですね。

「陰陽師」は、そんな「いつか書こう」と温めていた引き出しの一つです。バイオレンスとエロスの時代に始めた物語だったわけです(笑)。