もう一つのポイントは…

 もう一つは、両社と米政府が「国家安全保障協定」を締結したことだ。協定には28年までに日鉄が約110億ドル(約1兆6000億円)を投資することや、米政府に「黄金株」を付与することが盛り込まれた。日鉄はその後29年以降の投資案も発表し、積極姿勢を鮮明にする。ただ、黄金株は、米国内の工場閉鎖など重要な経営事項について拒否権を持つ特別な種類株だ。経営環境が悪化した場合、合理化の足枷となる可能性はある。

 買収後の会見で橋本氏は「経営の自由度と採算性の2つが確保されている」と、そうした疑念を一蹴。地政学リスクなど、民間では統御できない要素が膨らむ潮流からして「政府が経済への関与を強めるのが今の流れ」とさえ言い切った。確かに中国への対抗を強める米国政府は、半導体大手インテルやレアアース採掘会社MPマテリアルズにも出資を決め、後者については高値の価格保証が契約に含まれている。日鉄が差し出した黄金株も、株主資本主義から国家主導型の資本主義へとシフトした新しい時代精神に沿うという説明には一理ある。

 だが9月には、休止中の製鉄所を閉鎖するUSSの方針が米国政府の介入で阻止されていたことが判明した。小さな合理化一つさえ雇用増などの実績を先行させなければ前進できない現実の険しさはUSS経営陣の想定以上だったともいえそうで、米国政府と歩調をあわせた成長戦略は一筋縄ではいかないようだ。

ADVERTISEMENT

USスチールの製鉄所 Ⓒ時事通信社

 この点を考える上で、トランプ氏と橋本氏、それぞれの狙いを押さえておく。

“鉄を売りたければここ(米国)にきて売れ”

 橋本氏は私の取材に「米国が魅力的になったのはトランプが1期目の大統領になった2017年以降」と語ってきた。白人層を含めて日本と比べて出生率が高く、成長力を備えた内需がある上、EVや軍事など、日鉄が得意とする高付加価値鋼材の需要増が期待できる。しかも関税の壁を掲げ、“鉄を売りたければここ(米国)にきて売れ”と唱える指導者が再び現れた。USSの売却案件は、そこに浮上した好機だった。

 買収後、日鉄は悲願だったGMやフォードとの初取引を実現するなど、早くも販路を拡大している。

 一方、トランプ氏が描く製造業復活のイメージは、1920年代のものだろう。本土が第一次大戦の戦火を免れた米国では、フォードを筆頭に大量生産方式が確立し、USSは世界一の鉄鋼会社に成長。第2次大戦ではこの工業力が爆撃機や艦船など国力の源泉となった。