シリアスと馬鹿馬鹿しさの融合
森 相当シリアスな政治闘争のメッセージが組み込まれているんですよね。「政治の季節」の60年代的な要素は、インスピレーションの源となったトマス・ピンチョンの『ヴァインランド』から汲み上げている。それを今のトランプ政権下のアメリカの問題に見事にスライドさせ、ブラックライブズマターなどを経てもあまり変わらなかったアメリカ社会の実相を真摯に描き、それを撃っているのですから、さすがの一言です。
PTAがピンチョンの小説を映画化するのは『インヒアレント・ヴァイス』(原作の邦題は『LAヴァイス』)に続き二度目ですが、かなり原作に忠実なアプローチを見せた前回に対して、今回は自由で開かれた脚色が光っていました。
芝山 シリアスな側面と馬鹿馬鹿しさの融合したわかりやすい例が、変態軍人ロックジョーが、女性闘士テヤナ・テイラーに命じられて、半ば強制的に勃起させられる場面。
低い位置からのあおりでテント状態の股間を撮るわけですが、なんとも馬鹿げたこの場面が、後々の因縁話につながっていくあたりが、豪快な展開でしたね。人種差別も、性差別も、この瞬間にすべてが裏返され、ロックジョーは快感と屈辱の両方に震え上がる。その怨恨が16年後の復讐物語へとつながっていく。
拷問するほうのテヤナ・テイラーも、驚くべき存在感でしたね。動物電気が高いというか、身体全体から放たれる精気は超ハイボルテージで、『007/美しき獲物たち』で殺し屋を演じた、あのグレイス・ジョーンズをしのぐほどです(笑)。
※本記事の全文(約11000字)は、「文藝春秋」1月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(芝山幹郎×森直人「年忘れ映画ベスト10〈頭抜けた大傑作にやられた〉」)。全文ではこの対談の続きほか、芝山氏と森氏で選んだ「2025年映画ベスト10リスト」をご覧いただけます。
出典元
【文藝春秋 目次】前駐中国大使が渾身の緊急提言! 高市総理の対中戦略「3つの処方箋」/霞が関名鑑 高市首相を支える60人/僕の、わたしの オヤジとおふくろ
2026年1月号
2025年12月10日 発売
1550円(税込)
