「愛がいっぱいIカップ」のキャッチコピーでブレイクしたタレントの手島優さん。現在は一児の母でもある彼女だが、かつてのキャラは「9割嘘だった」と明かす。
「お前はブスなんだから、とりあえず脱げ」と言われ過激なグラビアに挑戦した新人時代から、バラエティーで"エロキャラ"を演じる裏で感じていたストレスまで、知られざる苦悩をライターの徳重龍徳氏が詳しく聞いた。
「お前はブスなんだから脱げ」と言われたグラビア時代
手島さんがグラビアデビューしたのは21歳の時だ。10代でなければグラドルになれないという風潮から、事務所に言われて2歳サバを読むことになった。それから30歳を目前に年齢詐称を告白するまでの間、年齢や干支の話をされるたびに心苦しい思いをしたという。
手島さんは子どもの頃から清純派女優に憧れていた。しかし、そんな思いとは裏腹に、グラビアの中でもより露出度の高い衣装を着る“着エロ”グラドルとして活動していくことになってしまう。もちろん、葛藤はあった。
「撮影の時も『やばい、布ってないの?』となりました(苦笑)。写真集を作るからちゃんと水着や衣装は着せてくれるんだろうなと思ったら違っていて。あさはかでした。最後は布すらなくて光でしたからね。局所を光で飛ばして見えなくして、撮影は何もつけないで撮るという」
「思っていたのと違う」と感じた手島さんは、当時のマネージャーに「正統派グラビアの子みたいに、私も水着が着たい」と訴えた。しかし、返ってきたのは「何言ってんだ! お前のその容姿と知名度で水着を着られるわけないだろ。有名になりたいなら露出しろ」「お前はブスなんだから、もうとりあえず脱げ」といった言葉だった。
芸能界のことを何も知らなかったという手島さんは、それを聞き入れるしかなかったという。
バラエティーで演じ続けた"ド変態キャラ"
現在の事務所であるプラチナムプロダクションに入所した2008年以降は、バラエティー番組への出演が増えていく。「ゴッドタン」をはじめ数々の番組に呼ばれる中で、手島さんが自身の武器として身に着けたのは“エロ”だった。当時、メディア上で「ド変態のドエロ」と自称していたことについては、こう振り返る。
「そっちに持っていけという雰囲気でみんなが来るから(笑)。実際は下ネタとかエロい言葉、仕草、行動を雑誌とかを読んでめっちゃ勉強してました。バラエティー番組って急にそういう知識を求められる時があるんですよ。その際に瞬時に対応できないといけない」
「前に出られなければ次は呼ばれなくなるかもしれない」という不安から、エロい手島優になりきった。その影響か、ベテラン芸人の愛人疑惑をかけられたり、「一晩いくら」という根も葉もない噂が流れたりしたこともあったそうだ。
「大阪の愛人クラブの噂ですよね。私は一晩 80万円と言われていたらしいんです。ただ何かの番組で、事務所の後輩から「手島さん、一晩20万円でいける東京の愛人クラブに登録してるんですよ」と言われて「えっ、東京だと20万円って値段下がっている」とか思って(笑)。そういう噂って、テレビでの私の雰囲気から言われちゃうんでしょうけど」
現在の手島さんは、10年間一途に想い続けてくれたファンの男性と結婚して一児の母となった。バラエティー番組への出演で受けたプレッシャーは計り知れなかったが、今でもやはり芸能界が好きで、バラエティーにも出続けたいという。大好きな家族に囲まれ、手島さんの挑戦はまだまだ続く。
<つづく>
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