地図には載らないが、オランダと同じ面積を持ち、スウェーデンを上回る軍隊を擁する「国」が存在する。その名はワ州。違法薬物であるメス(メタンフェタミン)やヘロインを輸出し、年間600億ドルを稼ぐ麻薬国家だ。
ワ州では長い間、子どもが奴隷として売買されていた。1940年に生まれたライも、幼くして奴隷になった少年たちの1人だ。ワ州ではなぜ「男の子の奴隷」が人気だったのか。奴隷になった子どもたちはどんな仕打ちを受けていたのか。
『ナルコトピア 東南アジア“黄金三角地帯”の麻薬国家「ワ州」を追う』(パトリック・ウィン著、光文社)から、ワ州の驚くべき実態を紹介する。
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妻のために「子どもの奴隷」を持ち帰る夫たち
はるか昔、ワ人は戦争で奴隷を手に入れていた。
部族抗争が激化すると、何十人どころか100人ものワ人が敵の砦に押し寄せ、家畜の鶏や牛、子供を略奪していた。年若い男の子は誰であれ連れ去られる可能性があった。子供がどんなに蹴ったり唾を吐きかけたりしても、戦士は自分の妻のために奴隷を持ち帰りたがった。さらわれた少年は18歳くらいまで奴隷として働きつづけたのち、部族の慣習にしたがって解放された。
だが、アヘンのせいでワの奴隷制度にひずみが生じた。18世紀に小さな黒いケシの種が中国からワの峰々に入り、やがて斜面は血のように赤い花と風に揺れる緑の鞘であざやかに染まった。
当時、ワ人は中国の辺境の民にアヘンを運んでいた。彼らは峰の向こうのバンナなどのみすぼらしい集落に住み、麻薬を塩や安物の火打石銃、日用雑貨などと交換していた。辺境民のあいだでアヘンは通貨のように扱われた。そのべたべたした物質は貴重品で、生きた水牛や分厚い銀鉱石とちがって簡単に分けることができた。陶器の壺に入れておけば、何年も長持ちする。貯蓄預金口座と同じだ。アヘンは取引材料として完璧だった。
