豊臣秀吉が木下藤吉郎だった時代から仕えていた料理人・大角与左衛門(おおすみよざえもん)。大坂夏の陣で大坂城の台所を焼き、それが徳川家の勝利を決定づけたとされる重要人物だ。

木下昌輝『豊臣家の包丁人』(文藝春秋)

「大河ドラマ『真田丸』に彼が登場した時はフィクション上の人物だと思ったんです。でも実在の人物だと知って、この人物を主人公にしたら料理のことも書けるのではないかと、構想を温めていました」

 時代小説の名手・木下さんの新作は、戦国時代の職人にスポットライトを当てた新機軸の豊臣三代記だ。

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「包丁人は上級の料理人を指します。位の高い包丁人になると、『式包丁』といって、偉い人に対して料理を振る舞う時の儀式や儀礼もついて回るので、大名や貴族の接待もしなければならない大変な役目でした」

 友人と協力し実際に料理の試作を繰り返したという木下さん。幻の料理「醍醐」も、試行錯誤の成果だ。

「戦国時代の料理の儀式やマナー集は多いのですが、レシピはあまり残っていませんでした。でも室町時代の料理のレシピが見つかったので、それを参考にして、料理が得意な友人が細部までこだわって試作してくれたんです。醤油でなく『ひしお』を再現したり、日本酒を煮詰めてタレにしたり……物語のキーポイントとなる醍醐は発酵が重要な料理だったんですが、作る過程では『それはただ単に腐っているだけ』と友人に注意されたことも(笑)」

 秀長の視点を中心に物語が展開するが、秀吉、そして二代目の豊臣秀頼の視点からも描かれる贅沢な構成になっている。

「一番力を入れたのは、二代目の豊臣秀頼ですね。普通に考えれば恵まれた人なのですが、秀頼は秀吉や秀長と違って、自分で選択して何かを得るということができない。人生を選べない中で、自分の人生の意味を見出していかなければならなかった。そういう意味で、秀頼ほど現代人とリンクする部分がある人もいないと思っています。

 書きたかったのは、家康が大角の料理によって豊臣家に家族として迎え入れられる、一つになるということ。

 家康は豊臣家を滅ぼした、ある意味で最も豊臣家から遠い人ですが、料理で奇跡を起こせる、小説ではそれが描けると思っているんです」

 大角の料理を目の前にした家康が、天下人としての心の裏側に持ち続けてきたハッとするほど激しい想いを吐露する場面には鬼気迫るものがある。歴史の転換点に立ち会った料理人と、リアルな人間として胸をうつ豊臣兄弟の物語は必読!

 

木下昌輝(きのした・まさき)

1974年奈良県出身。「宇喜多の捨て嫁」でデビュー。『絵金、闇を塗る』で野村胡堂文学賞、『愚道一休』で渡辺淳一文学賞、新田次郎文学賞他。著書に『炯眼に候』『秘色の契り』など。

(初出:「オール讀物」2026年1・2月号

豊臣家の包丁人

木下 昌輝

文藝春秋

2025年11月12日 発売

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