寺地はるなの同名小説を、『愛に乱暴』(24年)の森ガキ侑大が映画化した『架空の犬と嘘をつく猫』。高杉真宙が演じたのは、弟を亡くした日から空想の世界で生きるようになった母のために、“弟になりすました手紙”を書き続けてきた主人公・羽猫山吹。噓をついてまで家族に寄り添い、人に合わせて生きてきた山吹の“優しさ”を、高杉はどう表現したのか。
最初に脚本を読んだ時は、自分の知らない家族の中を覗き見てしまったような違和感がありました。それぞれが自分なりの“正義”を信じていて、事情によって都合のいい噓を重ねて生きている。ファンタジックなタイトルからはまったく想像できない内容で、「見えていないだけで、世の中は、本当にいろんな幸せと不幸せが隣り合っているんだな」と感じさせられました。
「噓は、包丁のようなものだと思います」
──山吹は“優しい人”なんだと思いますが、役作りではどんな点を意識されましたか。
純粋に優しい人というより、“優しい”という言葉を呪いのように感じている人だと解釈しました。「優しいね」と言われるたびに「優しくあらねばならない」と自分に課してしまう。優しいという言葉そのものが憎くて仕方がないのに、それが彼自身の“正義”にもなってしまっているのではないかと想像し、そのねじれを、できるだけストレートに演じようと思いました。
──森ガキ(侑大)監督とのやりとりで、特に印象に残っていることはありますか?
監督と話して特に意識したのは、家族との“距離感”でした。家族といっても、結局は他人です。でも血がつながっているから、完全な他人にもなれない。その微妙な距離を、常に意識していました。普段から役作りで特別な準備をするタイプではないのですが、今回はいつも以上に「書かれていない部分」を想像して臨んだ気がします。
僕自身にも弟が二人いるので、無意識のうちに自分の中にある感情や距離感がどこかにあるのかもしれない。そう思って向き合いました。実際は、仲がいいんですけどね(笑)。
──本作では“噓”が大きなテーマとなっていますね。
噓は、包丁のようなものだと思います。人を傷つけることもできるし、美味しい料理を作ることもできる。使い方次第なんですよね。
もちろん、人を不幸にする噓は許されませんが、山吹が母のために書き続けた“噓の手紙”は、彼が背負った責任と正義の中で生まれた、彼なりの“正しい噓”だったのだと思います。


