アラスカの大自然で、ハイイログマと13年間にわたり共に過ごしたティモシー・トレッドウェル。彼は熊との驚くべき近さで知られるようになった「自然系インフルエンサー」だった。しかし2003年、その生き方は最も恐れていた結末を迎えることになる。宝島社ムック『アーバン熊の脅威』のダイジェスト版をお届けする。
危険を顧みず、熊に接近し続けた「グリズリーマン」
ニューヨーク生まれのティモシー・トレッドウェルは、大学時代にアルコールや薬物依存症に苦しんでいた。友人の勧めでアラスカを訪れた彼は、広大な自然の中で動物たちと触れ合ううちに依存症を克服したという。それからハイイログマの研究に没頭するようになった彼だが、専門的な訓練を受けたわけではなく、その接し方は極めて危険なものだった。
トレッドウェルは熊を恐れる様子もなく異常な近さまで接近し、時には直接体に触れたり、子熊と遊んだりすることさえあった。ロシアの研究者からは基本的な安全対策すら怠っていると批判されていたにもかかわらず、彼はその行動を変えることはなかった。
2001年頃からテレビにも出演するようになり、動物保護を訴えるその姿から、北米では日本の「ムツゴロウさん」のような動物愛好家として知られるようになっていった。
アラスカに渡って13年目となる2003年10月、トレッドウェルは恋人とともにカトマイ国立公園でキャンプを張った。その年はサケの遡上が例年より少なく、熊の出現も少なかったため予定を1週間延長した彼らは、最終的に衛星電話で帰りの小型飛行機をチャーターした。
しかし翌日、迎えに来たパイロットがキャンプ地に着くと、そこには1頭の熊がいるだけだった。捜索の結果、トレッドウェルの体の一部はキャンプ地から離れた場所で、恋人は引き裂かれたテントの横で発見された。キャンプ地にいた熊は警備員によって射殺された。
サケの不漁による餌不足が熊の襲撃の一因と考えられているが、トレッドウェルのそれまでの不用意な熊との接し方から「彼の死は悲劇だが、容易に想像できたことだ」という声も上がった。
その死から2年後の2005年には、自身の半生を描いたドキュメント映画『グリズリーマン』が公開され、彼の生き方と最期が世界に知られることとなった。
