通りがかりの女子高校生が連れ去られ、足立区綾瀬の加害者宅で40日間にわたり監禁・虐待された末に殺害され、遺体はドラム缶に入れて遺棄された「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。

 事件から11年後、「ニュースステーション」ディレクターだった山﨑裕侍氏(現・北海道放送報道部デスク)は、事件に関わった元少年の一人であるFと接触した。当時、集団強姦に関与し少年院送致となったFは、すでに家庭を持ち社会の中で生活している。山﨑氏はFとの対話を通じて、彼が事件とどのように向き合い、自分なりの「償い」を続けているのかに迫った。

足立区東部に位置する綾瀬 著者撮影

「事件を思い出さない日はなかった」

 取材に応じたFは、事件を思い出さない日はなかったと語る。しかし同時に「最近は忘れかけていた。今回のことで思い出すきっかけになったのはある意味よかった」と述べ、事件を忘れてはならないという強い思いを持っていた。

ADVERTISEMENT

「事件のことを思い出すのは自分の宿命。しょうがない。それだけのことを自分はやったのだから。むしろ忘れてはならない。それが償いというか……」

 当時、Fは不良仲間と交流するうちに急速に主犯格のAや準主犯格のBと距離が近づき、「嫌とは言えない」状況に陥っていった。「行くぞと言われたら、嫌とは言えないんですよね。嫌と言った時点で仲間だった人が一気に敵に回っちゃいますから」とFは当時の心境を説明する。

 被害者となった女子高校生X子さんを救えなかったことへの後悔は、今も彼の心に深く刻まれている。「いまだにそれは忘れないですね。鮮明に焼き付いています」と、被害者の表情について語るFの声からは、罪の意識と苦悩が感じられた。

「彼女がああいう形で死んだというのは悔しいですか?」との山﨑氏の問いかけに、Fは「悔しい。悔しいのもそうなんですけど、自分で自分に腹が立つというか」と答え、もっと被害者の立場になって考えることができていれば、結果は違っていたかもしれないという思いを吐露した。

北海道放送(HBC)報道部デスクを務める山﨑裕侍氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って

 少年院での半年間は、Fにとって人生を見つめ直す貴重な時間となった。「あそこまで真剣に人の命の大切さとか、一つの言葉にしても人がどう取るかということを学ぶところがないですから、普段の生活のなかでは」と、少年院での経験が自分を変えたと語った。

 Fは現在、子どもを持つ親となって、「事件のことは子どもが生まれて考え方が変わった。親の立場として被害者のことを考えるようになりました」と心境の変化を明かした。

◆◆◆

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

次のページ 写真ページはこちら