〈隈 「日本に宗教はない」とよく言われますが、日本の習俗や美意識に宗教的なものが溶け込んでいて、信仰としての宗教という西欧的な宗教観にかわる宗教観が日本にあるというトッドさんの論にはげまされて、アンジェでもアッシジでも、自信をもって宗教建築を設計できるんです。
トッド 『西洋の敗北』で取り上げた「宗教ゼロ状態」と「ニヒリズム」の深刻度は文化によって異なります。
最も影響を被るのはプロテスタント圏で、独特の空虚感や絶望感を生み出します。もともと偶像崇拝の禁止を徹底する宗教だからです。神と個人が媒介なしに直接つながり、その中間にある地上世界やその美しさ、人生の喜びは拒絶される。「宗教の活動的状態」では、この厳格な信仰が教育水準の向上や経済発展に大いに寄与しました。ウェーバーが指摘したように、西洋の繁栄は主にプロテスタンティズムのこのダイナミズムによってもたらされたのです。しかし、個人の前に唯一存在していた神を失えば、すべてを失うことになる。世俗化が進み「宗教ゼロ状態」となれば、逆説的にも極端なニヒリズムに陥ってしまうのです。
一方、フランスやイタリアのようなカトリック圏では、「宗教ゼロ状態」でもそれほど深刻な事態にはなりません。偶像崇拝の禁止を徹底せずに芸術が花開いたカトリック圏では、地上世界の美しさや人生の喜びがもともと肯定されていたために、ニヒリズムに陥らずに済む。『菊と刀』でルース・ベネディクトが分析したように、「善悪」という超越的な倫理基準より「美醜」という美意識で物事を判断する日本文化も、カトリックに近く、ニヒリズムへの耐性があると言えます〉
「米国の崩壊」は「世界の終わり」であると同時に「世界の再生」でもあるかもしれない
〈トッド 私はいま「恐怖」と「希望」に引き裂かれています。『西洋の敗北』で詳しく分析したように、米国は、プロテスタンティズムの崩壊に起因するニヒリズムに陥っており、戦争自体が自己目的化しています。核戦争のリスクも現実味を帯びるなかで、今回、広島を再訪して、その「恐怖」を新たにしました。
一方、衰退する米国の支配から世界が解放されることは、長期的には人類にとって素晴らしいことだと自分に言い聞かせています。フランス人はフランス人であることの誇りを、日本人は日本人であることの誇りを取り戻す。「米国の崩壊」は「世界の終わり」であると同時に「世界の再生」でもあるかもしれません。
隈 『西洋の敗北』は、全体的に悲観的なトーンですが、そうした「希望」も示唆してくれています〉
このほか「直系文化社会の建築の特徴」「トランプホテルと帝国ホテルの対照性」「谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』」「未来へのビジョンの欠如と手仕事の軽蔑」について議論したトッド氏と隈氏の対談「日本の美意識の底力」の全文は、1月10日発売の「文藝春秋」2月号及び、「文藝春秋PLUS」に掲載されている。
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