『ジャガー・ワールド』(恒川光太郎 著)

 昨年、作家デビュー20周年を迎えた恒川光太郎さんの書き下ろし小説『ジャガー・ワールド』は、なんと600頁を超える大長編! 壮大な物語の舞台は、数千年前に滅んだ架空の王国、エルテカだ。「8〜9世紀頃のマヤ文明の都市国家を想定して描きました」と、恒川さん。ボリュームもさることながら、内容もこれまでにない挑戦になったという本作について、まずは舞台選びから話を聞いた。

「もともと古代文明には興味があって。中でもマヤは、今も解けていない謎が多く、今回のようなファンタジー要素の強い冒険小説の舞台としては、より想像の余地があって最適だと思ったんです。また、暦や文字など高度な文化を持つ一方で、生贄や食人など現代人にとってはギョッとするような独自の風習も持ちあわせている。その極端な二面性に魅力を感じました」

 ただし、リサーチは大変だったようで、「いくら調べても謎は謎のまま。最終的には僕の解釈で書いたので、詳しい方にはいろいろと指摘されるかもしれません(笑)。まあ、それも含めて楽しんでもらえたら」。

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 主人公は少年スレイ。5歳の時、突然サリュザ島を襲ってきたエルテカの一群に父を殺され、太陽神に捧げられる生贄として捕まってしまう。ところが不思議な力を持つウェラス族の女性に助け出され、長じては格闘技シャンの才能を発揮。やがて黒曜石を埋め込んだ剣マカナを使いこなし、若き英雄と称される戦士へと成長していく。

 最初はなじみのない地名や用語に戸惑うかもしれない。しかしすぐに読みやすい文体と細やかな描写で、物語の風景や個性豊かな登場人物たちの姿が鮮やかに立ち上がってくる。そして何といっても、少年漫画のような圧倒的熱量で進むストーリーに惹きつけられ、気づけばページを捲る手が止まらなくなるだろう。

「とことんエンタメに徹しました。会話の口調やテンポもかなり意識して」

 そう語る恒川さん自身、実に楽しそうだ。とはいえ、もちろん大人の読書に足る重厚さも備えている。

「特にエルテカ王国の内部事情や、その体制が崩れていく過程を描いた後半部には、一種“政治小説”の側面を持たせました。例えば国家間の対立や交渉、貴族が増えすぎてしまうという古代国家特有の社会問題など。そのまま現代にあてはまるものではありませんが、何かしらの示唆を込められたと思っています」

恒川光太郎さん 撮影:森清

 物語のキーパーソンで、後に王国の最高権力者にのぼりつめる神官フォスト・ザマが、編集者のリクエストで女性キャラに変更された、というのも興味深いエピソードだ。ザマは、少女時代に迷い込んだ密林でジャガーと出会い、「人はなぜ戦うのか」を考えるようになるのだが――。

「僕が最も好きなシーンです。マヤにおいてジャガーは戦いの神であり、勇猛さの象徴。そしてこの密林の王国では“人間がまだ獣だった頃の野性的な本能”と“文明を生み出す知性”とがせめぎ合っている。そこで人はどんな選択をするのか? これが本作のタイトルに込めたメッセージであり、主題の一つなんです」

 ほかにも、それぞれの登場人物の抱える事情やバックボーン、異文化理解、宗教的なテーマ、同時代を生きる人々の共振など、読みどころは盛りだくさんだ。

「書きたいものが多くて欲張るうち、登場人物もページ数もどんどん増えてしまって。続編やスピンオフ? いえ、全然考えていません。今はとにかく書き切った!という思いです。是非じっくり楽しんでください」

つねかわこうたろう/1973年東京都生まれ。2005年『夜市』で日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。同作で直木賞候補に。14年『金色機械』で日本推理作家協会賞を受賞。主な著作に『滅びの園』『箱庭の巡礼者たち』など。

ジャガー・ワールド

恒川 光太郎

講談社

2025年10月22日 発売