『テスカトリポカ』(佐藤究著)の直木賞受賞を記念して、過去に行われた著者インタビューを掲載する(初出:別冊文藝春秋 電子版37号 (2021年5月号))。
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――3年半ぶりの新作『テスカトリポカ』、大変面白く拝読しました。メキシコのカルテル一族のバルミロ・カサソラが麻薬抗争で家族を殺され、一人国外に脱出。辿り着いたジャカルタで日本人の臓器ブローカー末永と出会い、臓器売買ビジネスを企て日本にやってくる。彼らの犯罪に巻き込まれるのは天涯孤独の少年、土方コシモで……。この濃密で圧倒的な熱量の大作を3年半で書き上げたとは驚きです。
佐藤 自分でも10年くらいかかるかと思いました。2017年に編集者から、「次はクリストファー・ノーランの『ダークナイト』みたいな話に挑戦しませんか」と言われたんですよ。そうはいってもバットマンやジョーカーを出すわけにはいかないし、大変じゃないですか(笑)。でも、もともとクライムノベルは好きなんです。一番好きなのはコーマック・マッカーシーの、映画『ノーカントリー』の原作なんですけれども。
――『血と暴力の国』ですね。
佐藤 原作も映画も好きで、自分がノワールをやるならあのレベルに到達したいなと思って。マッカーシーにはアメリカとメキシコの国境を渡る国境三部作もありますし。
――『テスカトリポカ』でもメキシコは重要な舞台のひとつです。バルミロは先住民の血を引く祖母から、アステカの神話や人身供犠の儀式について教え込まれている。アステカについては前から詳しかったんですか。
佐藤 マヤ文明に関してはたくさん文献があるのに、アステカってエグいから研究書があまりないんですよ。だから今回のために勉強しました。
――アステカには神に、人の心臓を献上する儀式があった。それがバルミロと末永が画策する心臓売買と重なっていきますね。
佐藤 スコット・カーニーの『レッドマーケット 人体部品産業の真実』を読んで、臓器売買にも興味を持っていました。人間の臓器が世界でどういうふうに売りさばかれているかということに迫ったノンフィクションで、これはすごいなと思って。
同じ時期に、マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』という資本主義のダークサイドを批判している本を読んだら、マイク・デイヴィスという批評家がジェイムズ・エルロイを批判した文章が引用されていたんです。ノワールの世界でエルロイは神格化されているじゃないですか。でもデイヴィスは、エルロイの小説は社会のダークサイドを善も悪もなく、ただ垂れ流すように描いていて、その結果、腐敗や汚職の過剰飽和を引き起こしたと。
ある意味、今年の一月に連邦議会議事堂を占拠したような過激なトランプ支持者のバックボーンに近い。“陰謀がすべてを動かしている世界で、俺たちだけが見えざる敵と闘っているんだ”という考え方を生んでしまった。デイヴィスの見方に従えば、フィクションは最終的にQアノンみたいな陰謀論を生み出す土壌にもなっていく、といえるんです。
久々に鈍器で殴られたような衝撃を受けました。小説家はエフェクト中毒になっているところがあって、僕も爽快さを出すために小説で暴力を描くけれど、それが最終的にQアノンを生み出す原因になるのかもしれない。だとしたら、もう一度、自分の仕事を考え直さなきゃいけないなって。
そこで、デイヴィスの問いかけに対して僕自身はどう答えるのかを突き詰めて考えた結果、浮かんだのが人身供犠の問題でした。神に心臓を捧げる古代アステカの人身供犠と、利益のためには犠牲も厭わない現代の資本主義が、深いところで繫がったんですね。それが2018年くらい。
自分の勘としては正直「もうやめておけ」って話ですよ。やばいだろう、書けないだろうって。でも、やらざるを得なかったんです。暴力を描きながら、同時に暴力を解除する、無効化するための道筋を入れること。それこそを描かないといけないんだけど、それが本当に難しかったですね。
――ああ、暴力シーンを読んだ時、迫力もあるし残酷だけど、悪趣味じゃないなって思ったんです。
佐藤 僕はボクシングや格闘技をよく見るんですけれど、本物って一瞬で決着がつくんですよね。野生動物の狩りに似ている。ライオンの狩りって、見ていて可哀想だけど、相手が憎くてやっているわけじゃないし、陰惨じゃないんですよね。メキシコの麻薬カルテルの陣の取り合いも同じで、感情や恨みによる行為とはまた違う。まあ、やっていることはだいぶエグいですけどね。
今回、カルテルとか麻薬密売人を調べていて、初めて夢にうなされました。今までどれだけバイオレンス描写にあたってもそんなことはなかったんですが、麻薬密売人はちょっと次元が違って、書けないような暴力が多いんです。でもアステカの人身供犠や、日本の村で龍神様を鎮めるために娘の命を差し出すといった儀式だって実は同じ構造で。地球上の様々な地域で人間は同じことをやってきたんです。