「久米ちゃん、先に遠くへ行っちゃった。早いよ。また一緒に番組やりたかったね」
そう悔やむのは、タレントの萩本欽一(84)だ。今年の1月1日に肺がんで亡くなった元TBSアナウンサーの久米宏さん(享年81)。訃報を受け、各界から追悼の声が多数届く中、萩本が1975年10月からスタートした大人気番組「ぴったしカン・カン」(TBS系列)をはじめ、盟友と過ごした思い出を振り返る——。
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僕が久米ちゃんと出会ったのはね、「ぴったしカン・カン」が始まった1975年だった。
ちょうど「欽ドン!」(「欽ちゃんのドン!とやってみよう」フジテレビ系列)のロケで、都内へ繰り出していたの。みんなで休憩していたら、TBSラジオの番組がガムを配るイベントをやっていて、中継アナウンサーだった久米ちゃんにばったり出くわしてしまって(笑)。
びっくりしたね。そこに足がスラっと長くて、ハンサムな男が通りかかったから。
あれは誰なの? って聞いたらスタッフが「あれがTBSラジオのアナウンサーの久米宏さんですよ」と教えてくれたんですよ。かっこよくてね。ポケットに手を突っ込んでいない石原裕次郎かと思っちゃった(笑)。
顔はいいし、スタイルがいいのに、ラジオのアナウンサーじゃもったいないと思ってね。
俺としては、テレビで彼を使いたいと思って惚れた感じがあったのよ。それからほどなくして、「ぴったしカン・カン」という番組を担当することになって。
他にも司会の候補はいたんだけど、番組のプロデューサーに「司会は久米さんでどうですか?」と打診したのが共演のきっかけだったんだ。

