華やかな結婚式の裏で、21歳の花嫁はすでに逃げ場を失っていた。1991年6月、カナダのオンタリオ州で挙式を迎えたポール・ベルナルド(当時26歳)とカーラ・ホモルカ(同21歳)のカップル。

妹のタミーを差し出したカーラ ©getty

 約150人の参列者が祝福する中、新郎は新婦の耳元で「この恨みは一生忘れないからな」と囁いていた。式の費用を出し惜しんだとカーラの両親に対する嫌味だったが、この言葉こそがこのカップルの本質を映し出していた。

 実はこの二人、半年前にはカーラの実妹を強姦・死に至らしめ、さらに挙式のわずか2週間前にも14歳の少女をレイプ、殺害していたのだ。海外を震撼させた「殺人カップル」誕生の瞬間と、その悲劇の始まりを探る。

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「妹を俺に差し出せ」DV夫が下した最悪の命令

 ポールは1964年、トロント郊外で生まれた。裕福な家庭で育ったが、父親は典型的な男尊女卑の人物で、母親や姉に対する暴力や性的虐待を繰り返していた。16歳の時、ポールは実は父の子ではないという衝撃の事実を知り、母親を「この淫売女!」と罵り、やがて軽蔑していた父と同じように女性を蔑視する、傲慢で高圧的な人間へと変わっていく。

 高校卒業後、トロント大学に進学したポールはイケメンの容姿から女性にもてたが、その接し方は異常だった。デート中に相手を罵倒したり、いきなり過激な性行為を要求したりする行動を繰り返した。そして1987年、彼の暴力性は一線を越え、「スカーバローのレイピスト」として恐れられる連続強姦犯となった。

 一方、カーラは1970年生まれ。移民の家庭に育った彼女は、美しいルックスと優しい性格で学校一の人気者だった。動物を愛し、命の大切さを説く心優しい少女だったが、幼少期の貧しさからか、結婚相手には裕福な男性を望んでいた。

 1987年、友人の紹介でポールと出会ったカーラは一目で彼に恋をした。しかし、関係が深まるにつれ、ポールは徐々に彼女を支配していく。デート代を全て負担させ、所構わぬセックスを強要し、やがて暴力も日常となった。そして1990年12月、ポールはカーラに衝撃の要求をする。

 「おまえは俺が初めての男じゃなかった。ふざけるな。その責任を取るため、まだ汚れていないおまえの妹タミーを俺に差し出せ」

姉のとった「最悪の選択」

 最愛の妹を抱かせるなどありえないーーそう思いながらも、ポールに完全に支配されていたカーラは、彼に見捨てられることを恐れ、ついに妹を犠牲にする決断をした。1990年12月24日のクリスマスパーティーの夜、カーラは15歳の妹タミーの飲み物に動物病院から持ち出した薬物を混入。意識を失った妹に対する行為をポールはビデオカメラで撮影した。

 しかし、タミーは突然意識を取り戻し、嘔吐を始める。翌日、彼女は嘔吐物による窒息死と診断されたが、解剖は行われなかった。犯罪発覚を免れたカップルは、タミーの死によりその絆をさらに強め、後戻りできない道を進んでいった。

 この事件がきっかけとなり、ポールとカーラは「殺人カップル」へと変貌していく。

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