2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』がスタートしました。豊臣秀長を主人公とするこのドラマにちなみ、歴史学者の磯田道史さんと歴史小説家の木下昌輝さんにお越しいただきました。

 磯田さんは文春新書『豊臣兄弟 天下を獲った処世術』を、木下さんは『豊臣家の包丁人』を、それぞれ刊行されています。磯田さんの著書は、秀長の新しい実像を史料から読み解いた一冊。木下さんの小説は、豊臣家に仕えた実在の料理人・大角与左衛門を主人公に、秀長目線で戦国の「食」を描き出した作品です。それぞれの視点から「豊臣兄弟」について語り合っていただきました。(出典:文藝春秋PLUS 前後編の後編)

『豊臣兄弟 天下を獲った処世術』
『豊臣家の包丁人』

秀吉と秀長、兄弟関係の変遷

──『豊臣家の包丁人』にも描かれていましたが、秀吉と秀長って兄弟は最初は比較的対等に議論したりしていて、ある時に明確に上下になると思うんですけど、その辺りの兄弟関係ってどう考えてらっしゃいましたか?

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木下 兄弟関係は、僕も最初は対等と思うんですけどね。史実から見ても晩年は秀吉から遠ざけられていた、というものもあって。創業家でも、会社が大きくなると兄弟仲が悪くなったりそういうことが出てくる。すれ違いなのかなとも思いますが、ただ秀長が生きてる間はやっぱり豊臣家のためにっていう方向性が一致してたので、そこはまだ良かったのかもしれません。

磯田 まず秀吉は明らかに天才で、あんな知恵者は滅多にいません。京都で奉行のような実務を始めたあたりから史料上に現れてきます。碁もプロ級に強くて、貴人の館で碁打ちを大事な客に見せられる腕前でした。秀長は家族なうえに織田家中という職場も同じだけに、秀吉の天才性がよく分かったでしょう。天才の兄弟は大変です。特に上に天才を持った弟や妹はやりにくい面があります。初手から敵わないと思っていますから、対立にもならないほどです。こういう兄弟の場合、困るのが怪物のお兄ちゃんと、弟に心の隔たりができてしまった時です。それを埋めたい願望が弟側に、生じることもあるだろうと思います。

 木下さんの小説の人物造形に、それがよく表れていますね。すごく尊敬するお兄ちゃんで、貧困から救い出してくれたことも事実だけど、どこかやっぱり普通の兄弟関係とは違う「兄との遠さ」がある。たまに、仲たがいなんかしちゃうと、心の中にぽっかり大穴が開くような感じになって、それを埋めたいな、と、弟は思う。それは、もう本能的なものだから、なかなか人には相談できない。食べ物をつくる人にだったら、その悩みも語れるかもしれない。木下さんは、そういう見事な人物造形と物語の組み方をされていて、なるほどな、と感じました。

 僕もいろんな料理人にも会ってきたんですけどね。偉い人に、遠慮なくズカズカやれるタイプの人、料理人に結構、多いんですよ。食べ物を作るってことは、信頼関係が前提ですし、身近になります。そのうえ、料理人って、お偉方の隠された一面も全部、見ちゃうわけです。健康状態も全部分かってしまう。病んだり悩んだりすると、食は細るしね。

豊臣兄弟が食べていたもの

──『豊臣家の包丁人』にはかなりたくさんの料理が出てきますよね。

 

木下 豊臣兄弟が食べてたものっていうのは言い伝えレベルも含めたら色々あるんです。高野山に訪れた時に、僧侶が米を半分に割った粥を出したとか。本にも書いたように秀吉が実際に今まで一番うまかった飯は若い頃に大変な苦労をしたときにおばさんの家で食べた冷や飯汁だとか。やっぱり這い上がってきた人物だけあって、そういう食の逸話がありますね。小さい頃は泥鰌をよく食べてたとか。

磯田 僕は秀吉が食べたものを、間接的ながら、実際に見たことがあるんです。なんでかっていうと、京都の豊国神社に秀吉の歯が残ってるんですよ。僕はこの秀吉の歯を検査した歯医者に電話をかけて一つずつ質問していったことがあるんです。「見たところ秀吉が食べたものが歯垢とか歯石になってものすごくついてますよね。でも、不思議なことに上端面のこの噛み合わせのとこ見たらすごくすり減ってますよね」って言ったら、「そうなんですよ。こんな歯は秀吉じゃないとできない歯なんです」って。こんなにすり減ってるってことはよっぽど若いときに硬いものを食べていて、その後に散々に甘いものだとか、柔らかいものだとか、歯垢や歯石になりやすいものを食べて、歯もあんまり磨かないから、あんなに歯石が、うわっとついてんだ、と。それで歯槽膿漏になって抜けて、それを加藤嘉明に褒美としてあげた。その歯が豊国神社に伝わって残っていたわけです。もらった方も困ったでしょうね。歯ですもん。だけど、これは「俺の肉体の一部をやるぐらいオマエとは親しいよ」っていう秀吉一流の人心掌握術です。秀吉の人生は、自分の歯さえも人心を摑むために使い尽くさないといけないものでした。だから天下が獲れたともいえます。

 それで、この歯垢を作った物質っていうのはなにかっていうのを考えたんですよ。秀吉が外交によく使っていたのが「天野酒」という酒で、僕も天野酒を復元したものを飲んでみたんですよ。まるで「みりん」のようでした。すごく甘いんです。でも甘味が、ほとんどなかった時代に、これをふるまわれたら、みんな陶然としただろうと思います。若いときに、ものすごく硬いものを食わされて、老境に入ったら、甘い天野酒を飲んで歯も磨かず、歯が抜ける秀吉像っていうのが、僕の眼前に浮かび上がってきました。

木下 面白いですね。天下人になったら贅沢したっていうイメージとぴったり合うし、逆に信長は塩気の強いものを好んだと言われているので、高血圧で怒りっぽかったという説も。

磯田 大河ドラマでも「食」を描いてくれるといいなあ。若いころは「歯が折れちまうよ」というくらい硬いものを食べてたり、かと思うと、晩年は天野酒を飲んで歯も磨かないから、口臭もすごかったと思うんですよ。この秀吉の口臭に耐えながら、若い淀殿が抱かれていたわけで。それが人間というもので、歴史学者、研究者が描かない歴史の現場の姿です。人間ドラマなんですよ。秀吉の口臭が側室たちにどのような感情を巻き起こしていたかにも、僕ら研究者は思いを寄せなくてはならないんだけれども……。ああ、これは本に書けば良かった!(笑)

──これから1年間、大河ドラマが続いていきますけれども、兄弟と共に「食」がどう描かれるかっていうのも、口臭が出てくるかどうかっていうのも楽しみですね。今回は豊臣兄弟について歴史学者の磯田道史さんと歴史小説家の木下昌輝さんにお話をしていただきました。お二人ともどうもありがとうございました。

 

※対談の様子は文藝春秋PLUSでご覧いただけます。

豊臣家の包丁人

木下 昌輝

文藝春秋

2025年11月12日 発売

最初から記事を読む 「将棋でいったら王将が二つ。攻めにくい嫌な奴ら」 歴史学者・磯田道史×作家・木下昌輝が語る豊臣兄弟の知られざる実像