「バッテリー」「No.6」「弥勒」シリーズなど、数多くの人気作品を手掛けてきたあさのあつこさん。「30年を超える作家生活の中でも初めての、一大転換点になった」と語るのが、新刊『八州の風手控え帖』だ。

 本作は、関東八州の治安を取り締まる「八州廻り」と呼ばれる仕事に就く若同心・一柳直四郎と、その従者・矢助の物語です。八州廻りになって日が浅く、お人好しの直四郎は、その突飛な行動で意図せず矢助を翻弄しながらも、村々を周ってはさまざまな人々と出会い、ある事件の謎を解き明かしていきます。

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『八州の風手控え帖』

ーー物語の主人公は、関東取締出役の任に就く若者・一柳直四郎です。なぜ「八州廻り」という役職を書こうと思われたのでしょう。

あさの 実は、はじめは「八州廻り」については全然知識がありませんでした。興味もあまりなかったかも(笑)。単語としては見聞きしていたけれど、実際は何をする人たちだったのだろう、と。でも、連載をすることになった「オール讀物」編集部から提案をいただきいろいろ調べてみると、ものすごく自由を感じて。

ーー「自由」ですか?

あさの 江戸時代は身分制度が固定化されていて、住む場所や職業、結婚などさまざまなことが「家」によってかっちりと決まってしまっていましたよね。でも、相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野の八か国を廻村する八州廻りには、そんな固定化された世界から離れた場所を広く見通せる自由さがあって。すると、すぐに直四郎が頭に浮かんで来たんです。

プロットを立てたことはないけれど

ーー取材では、実際に中山道や三国街道を歩かれたとか。

あさの 編集者の方々と高崎の方からずっと街道を辿っていき、あの辺りを歩いてみました。私はいつもギリギリになるまでストーリーを組み立てられないので、プロットというものも一度も立てたことがないのですが……。その日はパッと晴れた本当にお天気のいい日で、歩き回るうち、直四郎ならこの風景の中でどう生きるんだろうというイメージがクリアになっていくのを感じました。

 街道を意識して歩いたのはこの時が初めてでした。岡山県に住んでいるため出雲街道のあたりはよく歩くのですが、江戸時代の人の感覚になって歩いてみることはなかったので、本当に印象深い時間でしたね。ちょっとした木の枝の動き方とか、空の青さとか。もちろん道は舗装されているし車も通るしで、当時のままということはないのですが、直四郎が見た空の色や感じた風、食べた料理などを自分の感覚の中に落とし込むことができ、はじめてキャラクターとテーマが決まった! という感じがしました。

ーーおっとりと、少し抜けているところもある直四郎を陰ながら支えるのが、一柳家の元奉公人・矢助ですよね。2年ほど前に直四郎が八州廻りに就いた時から、彼の従者としていつも行動をともにしています。

あさの 世間知らずでボンボンなところもある直四郎のバディとして、世間というものを心得たうえで何かを背負っている人物が浮かんできました。彼はこれまでいろいろな修羅場をくぐり抜けてきていて、腕っぷしも強いし頭も切れるけれど、どうも直四郎にはペースを乱される。これまで出会ったことがないタイプの人物なんですよね。

ーー冒頭で、ある重大な報告を伝えにきた矢助が直四郎の部屋の戸を開けた瞬間、あまりにまっすぐに見つめられるものだから、「あっしの顔に何かついてますかね」と聞くと、「いや、すまん」と。ガタついた障子をどうしてそうすんなり開けることができるのか、「まるで手妻だ」と感心し、さっそく矢助を苦笑いさせるシーンが好きでした。

あさの そうそう(笑)。真剣な話をしにきたのに直四郎に乗せられ、つい障子の上手な開け方を話しそうになるんですよね。

 直四郎は人から話を聞き論理的に考えて物事を推理する能力には秀でているのだけど、上手く話をまとめて人を引っ張っていく能力はからきしなんですよ。本当に好きなこと、気になることばかりお喋りしてどんどん脱線していくから、私でさえ「ちゃんと本筋に戻って」とか思いながら書いている場面が多々ありました(笑)。