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甲子園が終っても、人生は続く

『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』 (中村計 著)

2016/10/04

二〇〇六年八月二十一日。わたしはテレビの前にいた。動くことができなかった。わたしだけではない。多くの人々が、あの日、テレビの画面に釘付けになっていたはずだ。

 甲子園決勝再試合。早稲田実業と駒大苫小牧の戦いだ。前日、引き分けに終わった両校の戦いを全国でどれくらいの人が固唾をのんで見守っただろうか。そして、その結果にどれほどの涙と、拍手と称賛と感嘆を送っただろうか。感動という言葉が乱舞し、両校の選手を称える言葉が駆け巡った。わたしもそうだ。若者たちが見せてくれた最高のドラマに酔いしれた。これが甲子園、これが高校野球だと。

 本書を手にして、あの夏のあの熱狂を思い出した。思い出したけれど心はもう騒がず、読み進むほど疼いてくる。物書きの端くれである自分への落胆と真実の非情さに打ちのめされた。疼きは、いつまでも生々しくわたしの中にあった。

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 そういうことなのか……。

 あのドラマの裏側にこんなにも深遠な世界が潜んでいたのか。それを見抜けなかった自分に、ドラマの表層に酔っていた自分に羞恥すら覚えた。本書はドラマを抉る。わたしたちが高校野球に求め、被せる安っぽい感動のドラマを粉砕する。

 香田誉士史(よしふみ)という一人の稀有な監督に食らいつき、執拗に、丁寧に、誠実に描き出すことで、ドラマではない高校野球の実相を、人間の業を、栄光と挫折に彩られた人生を、あますところなくわたしたちに突き付けてくる。

 甲子園が終っても、人の生は続く。当たり前のことだ。勝ったからと言って、未来がバラ色に輝くわけもない。むしろ、勝利したが故の苦悶が軋轢が確執が生まれもするのだ。試合に熱狂する観客の内、どれだけの者がそこに思い至るだろう。この一冊は警告の書だ。ドラマとして高校野球を消費していく者たちへの。

 それでも読後、香田監督の持つ深い魅力に触れた気がした。著者の野球への愛が本物だからだろう。

なかむらけい/1973年千葉県生まれ。同志社大学卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日』でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。著書に『佐賀北の夏』『歓声から遠く離れて』『無名最強甲子園』など。

あさのあつこ/1954年岡山県生まれ。作家。『バッテリー』は累計一千万部を超えるベストセラー。野間児童文芸賞、島清恋愛文学賞ほか、受賞歴多数。

勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇

中村 計(著)

集英社
2016年8月5日 発売

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甲子園が終っても、人生は続く

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