SNSにアップした豪邸に住む幼少期と、その家から夜逃げした後の比較写真が話題を呼んだグラビアアイドルの戸田れい(38)。小学校時代は動物のエサを食べる貧しい暮らしをしていたという彼女だが、高校時代は絵に描いたような不良高校に入学。
さらに芸能活動を始めるも、そこで得たギャラは新たな家族の借金返済へと消え、グラビアの仕事についても「片親だから」と侮辱的な言葉も投げかけられたという。戸田の波乱万丈な人生を聞いた。(全3回の2回目/3回目に続く)
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母からの外食の誘いを「いよいよ最後の晩餐だ」と…
――超お金持ちから一転、お父さんの莫大な借金で貧しい暮らしとなった戸田さんですが、お母さんとの関係はどうだったんですか。
戸田れいさん(以下、戸田) 仲は良かったです。ただ「母がいつ死ぬのか」という不安を小学校高学年の頃はずっと抱えていました。
母は保険の外交員として働きながら、私と姉の面倒を見てくれましたが、外交員の仕事って契約が取れなければ給料がないので、波がめちゃくちゃあって大変だったと思います。だからか母は「お母さん死んだら、すごい保険金が入るんだよ」が口癖だったんです。
小学校5年生の時に、母が夜中に包丁を研いでたんですよ。後から聞くとそれが母なりのストレス発散法だったみたいなんですけど、まだ子供だったので「もしかしたらお母さんが明日死んでいるかもしれない」って怖くなったことを覚えています。
そこから数か月後に母から「今日は外食しよう」と駅前のジョナサンに連れていってもらったことがあったんですけど「うわ、いよいよ最後の晩餐だ」と思って。母はいろいろ料理を注文したんですけど、もう何も美味しくないんですよ。
ただ、実際は保険の契約が一件取れたので、普段つらい思いをさせている子供たちへの罪滅ぼしのジョナサンだったんです(笑)。
