「グラビアでまず名前を出そう」高3でグラビアデビューした経緯
――戸田さんの人生にはつくづく借金がついて回りますね……。芸能デビューのお話が出ましたが、きっかけはお母さんだそうですね。
戸田 小学生の時、母の外交員時代の顧客に芸能事務所をやってる方がいて「娘さん、可愛いから芸能事務所に入れてみないか」となったのが入り口です。ただ芸能自体に興味はなくて、所属はしたものの活動はしていませんでした。
高校生になってからレッスンに通うようになって、滑舌の練習として有名な「外郎売(ういろううり)」をやったりしていました。事務所はもともと映画制作も手がけていて、私を役者に育てたかったと思うんですけど、役者にはあまり興味を持てなくて。
その頃、グラビアが結構バブリーな時期だったんですよ。それで高校3年生の時に「グラビアでまず名前を出そう」となったんです。ただ最初の事務所はグラビアを全くやってない事務所だったんで、他の事務所と業務提携してグラビアを始めました。
――最初のグラビアの仕事は何でしたか。
戸田 雑誌でした。成人雑誌だったんですけど当時はバブリーだったので、サイパンでの撮影だったんです。撮影自体も嫌なことは1つもなく、私が歩くと日傘をさしてくれるし、荷物は持ってくれるし「なんだ、この仕事は!」と思って(笑)。
その後もグラビアを続けていたんですが、海外ロケも多かったし、いろんな世界を見せてくれるんだと思って楽しかったんです。
「片親だから、グラビアみたいな仕事をさせられてるんだ」と言われ…
高校卒業後は保育士になろうと思って、短大ももう決まっていたんです。でもグラビアのロケに何回か行ったら全然単位が足りなくなっちゃって。ただグラビアは今しかできないと思って、グラビアに専念することにしました。
グラビアで自分を綺麗に撮ってもらえて、それが世に出た時にみんなに「綺麗」と言ってもらえることが本当に嬉しくて。
――でも、先ほど話されていましたが、借金を返すため働いても自由にお金は使えないわけですよね。
戸田 そうなんです。しかも事務所と業務提携先からも二重に取られるので、ギャラ自体がめちゃくちゃ少ないんですよ。月に5万~6万円くらいで、マックのアルバイトの方がよほど儲かりました(笑)。
――グラビアを始めたことで周りの反応はどうだったんですか。
戸田 マックのアルバイトもずっと続けていたんで、お客さんに「あっ」と気づかれたりもしました。でも「見たよ」と言われるのは嬉しかったです。
逆に、友達の親から「片親だから、グラビアみたいな仕事をさせられてるんだ」と言われたりもしました。そういう偏見もある時代で「違うのにな、私は好きでやっているのにな」と思ってましたね。
撮影=志水隆/文藝春秋
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