史上初の中学生棋士で、名人を含む通算8期のタイトルを獲得した将棋棋士・加藤一二三さんが1月22日に86歳で死去した。家庭人としての「ひふみん」の横顔を、長女の西口由紀さんが語った記事「加藤一二三 潜んでいる龍」(「文藝春秋」2025年8月号)から一部紹介します。
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「ひふみん」の傑出した棋歴
日本将棋連盟の2018年のカレンダーの1月の写真には、藤井聡太七冠のデビュー戦の終盤の様子が収められている。相手は当時76歳の父・加藤一二三で、62歳差の対局は新旧交代の象徴と評された。父は「胸を貸すつもりはない。全力で戦う」と臨んだが敗れた。
この対局から半年後、父は77歳で規定により現役を退く。最終局の後、記者会見を後日に回し、自宅で待つ母に「長年共に魂を燃やしてくれた」と、感謝を伝えた。この頃、NHKが『加藤一二三という男、ありけり。』という特番を制作してくれた。取材を受けた家族にとっても、父の棋士人生を振り返る貴重な時間となった。
父は10歳で「最善手を積み重ねていけば勝てるというのが将棋の本質。これぞ自分の生きる道」と悟ったという。14歳で史上初の中学生プロ棋士となると、「神武以来の天才」と称された。順位戦を4期連続昇級して18歳でA級入りという最年少記録はいまだ破られていない。
キリスト教を信仰するきっかけは、スランプ中にあった20代後半だった。「人生にも最善手があるはず」と信じた父の歩みを思う時、“まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものは与えられる”という聖書の言葉が浮かぶ。
低迷期からの脱却の助けとなったのは信仰心だけではない。「指す手に確信が持てず迷う」なか、将棋界の先人である升田幸三先生から「君は潜んでいる龍なのだ」と、“潜龍の書”を頂戴したことも大きかった。
父は1982年の名人戦で中原誠名人から名人位を奪取。実力制6人目の名人となった。終盤勝ち手が見えず、「家族にも応援してもらったけれど、また一からやり直しか」と、投了する前にもう一回、盤上を見直した瞬間に妙手が閃いたことが勝利へと繋がった。
順位戦A級通算36期在籍は、大山康晴十五世名人に次ぐ記録である。幾度かの降級にも甘んじず、B級1組で最多勝ち星を挙げてはA級に復帰、最後は53歳から62歳まで在籍した。「何かうまく行かない時、これも人生だと思ってはいけない」との父の言葉は、勝負師としての気迫を象徴している。
