“イクメン”の先駆け

 対局中の昼食やおやつでの大食漢ぶりも話題になったが、父の勝負飯は家庭料理にあった。新婚当時のこんなエピソードがある。我が家では京都出身の母方の祖母が和食を作り、母は洋食担当で、日々の父の健康を支えた。父の好物のハンバーグを大盛りにしたお皿を食卓に出し、母が台所にソースを取りに行って戻ると、既にお皿は空だったという。

 盤上での鬼気迫る父とは裏腹に、家庭では“イクメン”の先駆けだった。対局のある日は、私を東京・九段の白百合学園幼稚園に送り届けた後、千駄ヶ谷の将棋連盟へ向かう。同級生の母親から「うちの主人も優しいけれど、ご主人には負ける。由紀ちゃんが転ばないよう、道の石をどけていた」と聞いたと母は笑う。

西口由紀氏(右)と(本人提供)

 寝る前にはよく絵本を読み聞かせてくれたが、家庭では寡黙だった。私が24歳で結婚する前、そんな父が話してくれた。「夫が仕事で帰宅が遅くなって寂しくても、思いきり仕事をさせてあげなさい。納得のいくまで仕事をしたい、という思いは抑えられるものではない」。この言葉はその後、何度も私を支えた。

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※本記事の全文(約1800字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(西口由紀「加藤一二三 潜んでいる龍」)。

出典元

文藝春秋

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