「戦略的抜歯」
角田さんは、すぐに口の中と入れ歯を綺麗に洗い、入れ歯の修理に取りかかった。さらに、不必要と思われる歯を3本抜いた。
高齢者の抜歯は診療所でも難しい技術なので、訪問診療の現場で行うのは至難の業だ。それをいとも容易くできるのは、角田さんが、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)で研修医期間を入れて3年間入れ歯、差し歯の技術を学んだ後、同大学の口腔外科で2年、さらに市中病院の口腔外科でも学んだ成果だ。
体調を慎重に確認した後、素早く抜歯して、入れ歯を効果的に機能させるための土台となる口腔環境を整える。この「戦略的抜歯」という技術が、角田さんの真骨頂である。
庄吉さんの口腔内の型取りをしながら、角田さんが話しかける。
「次に来た時は技工士さんに作ってもらったパーツを今の入れ歯に組み合わせて、噛める入れ歯に治しますから」
「そうしたら、流動食ではなく、普通の食事ができるようになりますかね?」
和樹さんが心配そうに聞いた。
「何でも食べられるようになるし、何より元気になりますよ。今がちょうど、その分かれ道だったんですよ。頑張りましょう、お父さん」
そう呼びかけると、庄吉さんの顔に初めて笑みがこぼれた。
それから2週間後、修理をした入れ歯を持って、角田さんが再度、富永家を訪問した。全く使えなかった入れ歯だったが、丹念に修理をした結果、ぴったりとフィットした。
「どうですか? お父さん、良いでしょ? イケメンさんですね」
修理した入れ歯を装着した顔は、たしかに若返ったように見えた。その言葉に、庄吉さんは本当に嬉しそうに満面の笑みをうかべ、こう言った。
「これなら何でも食べられそうだ」
庄吉さんの生活は完全に元に戻った。普通の食事ができるようになり、大好きなお寿司も食べられるようになった。和樹さんが振り返る。
「治療をしなければ、父は寝たきりだったかもしれません。入れ歯の治療など、誰に頼んで良いか全くわからなかったので、角田先生に来てもらって本当に助かりました。入れ歯を治すだけで、こんなにも生活が改善するなんて、全く考えてもいませんでした」
僕は拙著『入れ歯で、命が変わる』(三和書籍、2025年9月刊)の執筆のため、多くの「入れ歯難民」を取材して、驚いたことがあった。それは、ほとんどの人が和樹さんと同じ言葉を口にしたことだ。
「入れ歯を治しただけで、こんなにも生活が変わるとは思わなかった」
多くの人が「噛める入れ歯」の本当の効果を知らないのである。
〈この続きでは、「噛める入れ歯を作ってくれる歯科医60人」のリストをご覧いただけます〉
※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(塩田芳享「『入れ歯お治し達人』全国歯科医60人リスト」)。全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・半日で「噛める入れ歯」に修理
・入れ歯治療は儲からない
・「入れ歯難民」を救うために
出典元
【文藝春秋 目次】前駐中国大使が渾身の緊急提言! 高市総理の対中戦略「3つの処方箋」/霞が関名鑑 高市首相を支える60人/僕の、わたしの オヤジとおふくろ
2026年1月号
2025年12月10日 発売
1550円(税込)
