「戦略的抜歯」

 角田さんは、すぐに口の中と入れ歯を綺麗に洗い、入れ歯の修理に取りかかった。さらに、不必要と思われる歯を3本抜いた。

 高齢者の抜歯は診療所でも難しい技術なので、訪問診療の現場で行うのは至難の業だ。それをいとも容易くできるのは、角田さんが、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)で研修医期間を入れて3年間入れ歯、差し歯の技術を学んだ後、同大学の口腔外科で2年、さらに市中病院の口腔外科でも学んだ成果だ。

 体調を慎重に確認した後、素早く抜歯して、入れ歯を効果的に機能させるための土台となる口腔環境を整える。この「戦略的抜歯」という技術が、角田さんの真骨頂である。

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文藝春秋PLUSでは「噛める入れ歯を作ってくれる歯科医60人」のリストを掲載 ©文藝春秋

 庄吉さんの口腔内の型取りをしながら、角田さんが話しかける。

「次に来た時は技工士さんに作ってもらったパーツを今の入れ歯に組み合わせて、噛める入れ歯に治しますから」

「そうしたら、流動食ではなく、普通の食事ができるようになりますかね?」

 和樹さんが心配そうに聞いた。

「何でも食べられるようになるし、何より元気になりますよ。今がちょうど、その分かれ道だったんですよ。頑張りましょう、お父さん」

 そう呼びかけると、庄吉さんの顔に初めて笑みがこぼれた。

 それから2週間後、修理をした入れ歯を持って、角田さんが再度、富永家を訪問した。全く使えなかった入れ歯だったが、丹念に修理をした結果、ぴったりとフィットした。

「どうですか? お父さん、良いでしょ? イケメンさんですね」

 修理した入れ歯を装着した顔は、たしかに若返ったように見えた。その言葉に、庄吉さんは本当に嬉しそうに満面の笑みをうかべ、こう言った。

「これなら何でも食べられそうだ」

 庄吉さんの生活は完全に元に戻った。普通の食事ができるようになり、大好きなお寿司も食べられるようになった。和樹さんが振り返る。

「治療をしなければ、父は寝たきりだったかもしれません。入れ歯の治療など、誰に頼んで良いか全くわからなかったので、角田先生に来てもらって本当に助かりました。入れ歯を治すだけで、こんなにも生活が改善するなんて、全く考えてもいませんでした」

 僕は拙著『入れ歯で、命が変わる』(三和書籍、2025年9月刊)の執筆のため、多くの「入れ歯難民」を取材して、驚いたことがあった。それは、ほとんどの人が和樹さんと同じ言葉を口にしたことだ。

「入れ歯を治しただけで、こんなにも生活が変わるとは思わなかった」

 多くの人が「噛める入れ歯」の本当の効果を知らないのである。

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※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(塩田芳享「『入れ歯お治し達人』全国歯科医60人リスト」)。全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・半日で「噛める入れ歯」に修理
・入れ歯治療は儲からない
・「入れ歯難民」を救うために

出典元

文藝春秋

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