俳優人生を賭けた“超低予算映画”

 沖野さんの店で4年ほど働いた後、98年、25歳の時に俳優デビュー。時代劇を主戦場としてきた。

「京都の撮影所で殺陣(たて)を磨いた。ドラマ『剣客商売』(フジテレビ)で、2003年から10年まで8年間共演した故・藤田まことを師と仰ぐ」(前出・デスク)

柴田勝家に扮する山口(番組SNSより)

 苦節25年、山口の存在が一躍クローズアップされたのが、24年公開の自主制作映画『侍タイムスリッパー』。当初は1館のみでの上映だったが、口コミで評判を呼び370館以上に拡大上映される大ヒットとなった。製作費は2600万円。主演俳優の現場への通勤手段をめぐって、

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「撮影場所の京都までの移動に新幹線のグリーン席を用意していたんです。ただ、予算が限られていることに気を遣った馬木也さんが『ぼく、車で行きますよ』と自ら運転してきた。京都滞在中は山の中にある格安ホテルに泊まり『今朝は掃除機の音で起こされました』なんて苦笑しつつも、冗談めかして言って現場を和ませてくれました」(安田氏)

米農家でもある安田監督

考証担当も山口を「殺陣の名人」と絶賛

 低予算故に撮影時間が制限される中、監督が“ご乱心”気味になったことがあったという。

「女優さんの芝居がうまくいかず撮影が長引いて。つい、私が彼女に強い口調で怒ってしまった。そうしたら馬木也さんから『今の言い方は強すぎます』と諭され我に返りました」(同前)

 だが、時間が押していたのには別の理由も――。

「馬木也さんと共演者の冨家ノリマサさんが真剣勝負の場面の撮影前、演技プランを長く議論していたんです。心の中で『あんたのせいですやん』とツッコミました(笑)」(同前)

 同作では山口の円熟味のある殺陣さばきが高く評価された。長年大河の考証を担当する大森洋平氏は、山口を「殺陣の名人」と絶賛する。

「江戸時代と違って、戦国時代は武士が鎧を着用しているので、袈裟懸けに斬っても相手を倒せない。山口さんは、戦国時代の鎧武者がどう守り、どう攻撃するかをきちんと表現できる。今後の合戦シーンでどう立ち回られるのか、ご本人は『色々と考えています』とおっしゃっていましたね」

 脇役からスター侍へ、立身出世を果たす時は今。

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