5大会連続で五輪出場を果たし、モーグル界の第一人者である上村愛子さん。2014年、ソチ五輪後に引退。現在は生まれ育った長野県白馬村に拠点を移し、スキーの魅力を伝える活動や解説、環境保全活動にも尽力している。引退を決めた“大きな理由”、東京から長野へ拠点を戻したきっかけ、2024年に離婚を公表したこと、現在の生活について伺った。(全3回の3回目/はじめから読む)
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休養を経て、素の自分で挑んだソチ五輪
――「メダルだけを目指してやってきた」バンクーバー五輪が4位に終わり、糸がプツンと切れてしまったような感覚になってしまった、と。その後、1年間休養しました。
上村愛子さん(以下、上村) はい。でもその休養期間中に、伊藤みきさんや遠藤尚くんなど、若い選手が育っているのを見て安心したんです。
自分がモーグル界を背負わなければと肩肘張っていたけど、鎧を着なくてもいいんだって。だからソチ五輪は、素の自分で挑んだ大会でした。
――ソチ五輪では、競技後に見せた笑顔が印象的でした。
上村 4位という成績ではあったけど、見守ってくれる人、応援してくれる人が期待している私らしいパフォーマンスを五輪の舞台で出すという願いが叶って、「やってよかった」と心の底から満足できました。
「五輪はメダルを獲りにいく場所」と決めて
――ソチ五輪後の2014年4月、引退を発表。ソチでの満足感がきっかけだったんでしょうか?
上村 いえ。引退は五輪前に決めていましたね。当時34歳で、4年後の自分が五輪でメダルを狙える体に仕上げることは現実的ではないと感じていたんです。
私は、長野五輪で多英さんの金メダルを見た時から、「オリンピックはメダルを獲りにいく場所」と決めて取り組んでいたので、自然な気持ちでした。公表はしなかったけど、ソチは五輪の最後だと決意して、トレーニングや練習はこれ以上できないというぐらい追い込みました。だから体の数値などは、現役時代で最もよかったんです。
ソチに向かう3年間は本当に充実していました。何も背負わないありのままの自分で闘えたし、最高の状態でスタート台に立てました。

