4年かけて自分を更新していった
――20年間、世界で闘い続けて手にしたのはどんなものでしたか?
上村 モーグルという競技、そして五輪という場で私は育ててもらったと思っています。常にメダルを目指し、一段ずつ成績を上げてきましたけど、五輪が終わるたびに、自分に欠けていたものに気づかされた。4年かけて自分を更新していく作業を続けてきた気がします。
それに先ほど菩薩と言っていただけましたけど(#2)、この20年間、これ以上ないというような濃い時間を過ごしてきたので、物事を達観してみる今の性格も、五輪によって培われてきたのかなと思いますね。だから今は毎日、穏やかに過ごすことができています。
離婚を公表、拠点を白馬村に移した理由は…
――3年前から、東京から地元・長野県白馬村に拠点を戻されましたね。2024年には元アルペンスキー選手の皆川賢太郎さんと婚姻関係を解消したことを公表しました。
上村 はい。長い時間をかけて考え、何度も話し合って、お互い納得して決めたことでした。
――発表された文章では「自然環境を愛し、自然から学び、季節の移ろいを感じられる環境を好んで過ごし」と書かれていました。東京から、生活の拠点を変えたいという思いがあったんでしょうか。
上村 もちろん、東京は素晴らしい街です。計算され尽くした美しい街並み、ビルが並んでいる景色、ライトが綺麗な夜景など、「かっこいいなあ」って思うんですよ。私は写真が好きなので、都会の景色は好きでした。
でも、白馬村で育った私はもともと、ゆったりした時間の中で過ごし自然と触れ合って生きてきたので、流れの速さの中で自分をキープしながら生きる事には息苦しさを感じていました。お仕事をするには最高の環境ですが、本当に自分の好きなものや楽しいと思えるものを見つけられていないんじゃないかと。
そんなことを思い始めていたタイミングで、コロナ禍になりました。ますます家に閉じこもることが多くなり、深く内省するうちに自分の根っこの部分に意識が向き始めてきて。
――どんな根っこですか?
上村 自分らしい生き方を大事にしないと立っていられないんじゃないか。白馬に戻らないと、この先の人生は見えてこないんじゃないか。そう思いました。これからまだ人生50年あるんだなって。

