中村 「もし両チーム(98年の横浜高と85年のPL学園)が戦わば」みたいな架空の質問もよくされるんですが、実際やったらどうなるかなあ。横浜のほうが強いでしょう。
渡辺 いやいやいや、勝てませんよ。あの時のPLが最強ですよ。
高校野球談義に華を咲かせるのは、中村順司PL学園元監督と渡辺元智前横浜高監督の二人。「文藝春秋」9月号で実現した「甲子園の名将」対談での一コマである。
ついに開幕した夏の甲子園第100回記念大会。連日、高校球児たちの熱き戦いが繰り広げられている。1915年の第1回大会から今日まで、甲子園では多くの名勝負と名選手が誕生してきた。その歴史を振り返りながら、ファンがついつい思いを馳せてしまうのは、「史上最強校はどこだったか」だろう。
「最強」の定義は人それぞれ。しかし、85年、桑田真澄と清原和博の“KKコンビ”を擁し、夏の大会を制したPL学園と、98年、エース松坂大輔が中心となり春・夏連覇、史上初の公式戦44戦無敗を記録した横浜高の2チームが、その上位にランクインするのは間違いないだろう。
今回の対談では、その伝説の2チームを率いた中村氏と渡辺氏が甲子園の魅力を存分に語り合った。まず、2人が思い出すのは、甲子園で実際に両校が初めて対戦した98年春のセンバツ準決勝のことだ。
渡辺 あの大会で中村さんがPLの監督を勇退されるのはもちろん知っていたので、ここで負けたら、一生雪辱を果たす機会はないと、私も選手も「打倒PL、打倒中村」で燃えていました。
中村 私もあの試合はよく覚えていますよ。80年の秋に、私はPL学園の監督になったのですが、その年の夏の甲子園を制したのが、愛甲(猛)くんを擁した横浜高校。監督として大先輩の渡辺さんと、最後に甲子園で試合ができたのは感慨深かったです。
松坂大輔が完投して3対2で横浜が勝利したあの試合が、その後の「春夏連覇」につながる「自信」を生み出したと、渡辺氏は振り返る。
前出の愛甲、桑田、松坂、清原に加え、立浪和義(元・中日)、片岡篤史(元・阪神)、宮本慎也(元・ヤクルト)、福留孝介(阪神)、涌井秀章(ロッテ)、筒香嘉智(横浜)らプロでも活躍した選手も彼らの教え子。そんな超一流を育てた「監督術」も互いに明かしている。
中村 難しいのは褒め方や叱り方。みんなの前でビシッと厳しく言った方がよい子もいれば、あとで個人的に呼び出してこっそり説教したほうがいい、プライドが高い子もいる。
渡辺 どんなに優れた選手でも気持ちがたるんでたら怒らなきゃいけない。松坂も技術的なことで何か言った記憶はあまりないのですが、練習や試合で手を抜いた時は怒りました。
話はさらに高校野球の「歴史」にまで及んだ。昔と今とで甲子園の風景も変わってきているが、変わらない部分も大いにあるという。そして「日本文化の原点としての高校野球」という壮大なテーマにまで議論は深まったのだった。
甲子園で繰り広げられる熱戦とはまた別の「球史に残る名勝負」となった今回の対談は「文藝春秋」9月号に掲載されている。