7人の死亡者を出した「北九州監禁殺人事件」。その歯車が決定的に回り始めたのが、この「最初の殺人」だった。

 電気ショック拷問による衰弱死、愛人に死体処理を強要――松永太のあまりに邪悪な手口とは? 文庫『世界の殺人カップル』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の2回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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「性的虐待をした」とウソの書類を書かせ…

 緒方が松永の暴力に疲弊し、勤務先の幼稚園を辞職するのは1985年2月のこと。それでも、彼女が松永との関係を切ることはなかった。

 1990年ごろ、バブル崩壊のあおりを受け、ワールドの売り上げは急落。松永は、緒方の他にも数多くいた愛人女性たちの名義で金融機関に金を借りさせ、会社の運転資金に充てていた。彼女たちの中には2500万円もの債務を背負わされたり、自殺した者もいたそうだ。

 そんな松永の動向は警察もマークしており、1992年7月に詐欺罪と脅迫罪で指名手配する。対して松永と緒方、最後までワールドに残っていた男性社員の3人は、いったん石川県に逃亡し、ほとぼりの冷めた同年10月、拠点の北九州に舞い戻る。このとき、ワールドは事実上破綻しており、ほどなく松永と妻は離婚。

 緒方は1993年1月、松永との間にできた男児を出産した(1996年3月に次男誕生)。1995年、金に窮していた松永はマンションを仲介してきたBさん(当時34歳)に目をつけ、一流メーカー勤務を詐称したうえで投資話を持ちかけた。信頼を勝ち得たところでBさんと内縁関係にあった女性を別居に追い込み、彼の娘A子さん(同10歳)を緒方が預かる形にして毎月、養育費16万円を要求。

 さらに親族・知人から1000万円以上を借り奪い取った。やがて会社を辞めたBさんが松永たちのマンションで同居するようになると、アルコールに弱かったBさんを泥酔させ、かつて彼が犯した罪を聞き出し弱みを掌握。