拷問と洗脳が加速した末、家族は互いに殺し合わされ、7人が命を落とした《北九州監禁殺人事件》。事件はどのように終結し、首謀者と共犯者はどう裁かれたのか? 唯一の生存者は、その後どんな人生を歩んだのか? 文庫『世界の殺人カップル』(鉄人社)よりお届けする。(全4回の4回目/続きを読む)
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加速する「殺人の歯車」
そんな地獄のような暮らしが半年ほど経過した1997年12月、緒方の父親が通電を受けている最中に死亡する。遺体は緒方と母親、妹夫婦、彼らの娘の5人で処理した。
翌1998年1月には、松永が母親に通電を続けたところ、精神に変調をきたして奇声を上げるように。そこで、松永に指示されて妹が母親の足を押さえつけ、妹の夫が電気コードで首を絞めて殺害。
緒方と妹夫婦、その娘の4人が遺体を解体した。続けて2月には妹の様子がおかしくなり、彼女の娘が足を押さえ、夫が電気コードで首を絞めて殺害。4月になると妹の夫が食事制限のうえ、通電を繰り返されて衰弱。松永が眠気覚まし剤とビールを飲ませ死に至らしめた。殺人の歯車は止まらない。
松永は、大人になったら復讐されるかもしれないと、妹の息子の殺害を指示。

